15話
そして数日後、王都に降り立ったアリシアは驚きで目を見開いた。
圧倒されてしまいそうなほど高い建物。教会も高かったが、周りには森ぐらいしかなかった。だけど目の前には大きな建物がいくつも並んでいる。
大通りには馬車が行き交い、道の端を歩く人も多い。点々と植えられた植物が灰色の石畳に彩りを与えている。
「どこか行きたいところはある?」
クロヴィス邸からここまで一緒に馬車に乗ってきたリオンが、首を傾げながらほほ笑む。
ふたりの後ろにはマティアスが用意した護衛と、リオンが城から連れてきた護衛、そして世話役としてローナが控えている。
アリシアはちらりと彼らを見てから、考えるように周囲を見回す。建物のいくつかは看板を掲げている。
文字と絵が記されているため、それがなんのお店なのかはわかるのだが、そこにわざわざ行きたいかと言われると、首を傾げざるを得ない。
目的があって外に出たわけではなく、ただどんなところなのか見てみたいという好奇心からリオンの誘いに乗ったため、こうして馬車を降りて自らの目で見た時点で目的の半分は達成されていると言ってもいい。
悩み、これといって思いつかなかったアリシアはゆっくりと首を横に振った。
「それじゃあ、ドレスとかはどうかな。君が今着ているのはマティアスが用意してくれたものだろう?」
アリシアが教会を追い出されたとき、服は与えられなかった。部屋に着替えとして置かれていた簡素なワンピースも、絵本と同様に置き去りだ。
だからそのとき着ていた服しか手持ちがなく、その日以降に着ている服はすべてマティアスが用意してくれたものだった。
「既製品を手直ししたらしいそのドレスも似合っているけど、やはり君だけのドレスもあったほうがいいと思うんだ。完成するまで時間がかかるし、この機会にどうかな」
アリシアだけの、ということは一点ものということだろう。
『私だってね、お金さえあれば特別な服を仕立ててもらいたかったですよ。それなのに今じゃあみーんな似た服を着ているここにいるんですから。ほんっとう、理不尽ですよねー』
食事を持ってきてすぐ、愚痴を吐き出していた少女を思い出す。おそらくリオンが言っているのは、少女が言っていたような特別な服なのだろう。
だから作るのにかかる金額も似た服――既製品と比べものにならないことはすぐにわかった。
すでに何着か服を用意してもらっているのに、これ以上必要なのか。お金をかけてもいいのか悩み、アリシアはローナの様子をうかがう。
「アリシア様。公爵令嬢たるもの、それ相応の装いを心がけなければなりません。急場をしのげるようにといくつか見繕わせていただきましたが、長く使うことは想定しておりません。マティアス様にも近いうちにドレスを仕立てられるようにと申し付けられております。ですのでサイズを測るのを兼ねて、一着ほど選ばれてみてはいかがでしょうか」
それなら、と頷いて返す。
「なら俺のおすすめのお店を案内しよう。そのあとは広場とか……高いところが大丈夫なら時計塔に上るのもいいかもしれないな。広場にもいろいろと種類があり、噴水のある広場や花畑のような広場に――」
意気揚々と語るリオンの話に耳を傾けながら、アリシアは隣を歩く彼の顔を見上げる。
昔見つけたときは自分とそう変わらなかったはずなのに、今ではだいぶ離されていて、顔もだいぶ高いところにある。
(あれは、何年前だったかな……ええと、十二よりも前……?)
記憶にある十二回巡った冬。ある程度鮮明に覚えているそれらとは違い、リオンを見つけたときの記憶はだいぶ朧気だ。
ただ助けられなかった人がいたという印象と、見つけたときの光景だけが色濃く残っている。
(十三か、十四……かな……)
ちらりともう一度リオンを見上げる。十三年――あるいは十四年――も経つとこんなに大きくなるということに感心したからだ。
アリシアの身近に子供はいなかった。そして自らの成長を実感するのは、届かなかった木の枝に手が届いたときぐらい。
「……どうかしたのか?」
自分はあの日からどのぐらい大きくなったのだろうと考えていたら、リオンが不思議そうに首を傾げた。
おそらく、見られていることに気がついたのだろう。
アリシアは持ってきた鞄から見本表を取り出し、一文字一文字指差していく。おおきくなった、という言葉を作るように。
「ん? ああ、そうか。……そうだな、君に見つけてもらったあの日から、だいぶ成長したと我ながら思っている。それもこれもすべて、君のおかげだ」
ぴたりと足を止め、リオンはまっすぐにアリシアを見下ろした。
「だからあの日の礼だと思って、今日のドレスは俺に払わせてほしい」
その後ろには、仕立屋の看板を掲げた建物がある。どうやら、目的地に着いたようだ。
真剣にこちらを見つめる赤い瞳に、アリシアの脳裏に先日のローナとのやり取りがよぎる。
よほどの理由がない限り贈り物は受け入れるべきだと、断るのは相手の面目を潰すことになり、礼儀に反するのだと彼女は話していた。
もしかしなくても、この状況を予想していたのだろう。
(申し訳ないから、は……よほどの理由にならないよね。それに、お礼って言っているし……)
これで断ればリオンはしかたないと微笑みながらも、悲しむだろう。面目を潰されたと怒るような人でないことは、まだ数回しか顔を合わせていないがわかっている。
だからアリシアはおずおずと頷いた。
「よかった。ではさっそく、入るとしよう」
リオンが扉を開け、そのまま閉じないように押さえながら、どうぞというように手で指し示した。




