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chapter 6 「もしもワタシが少年探偵団のリーダーだったら」 Ⅱ


- - -


 六条夕里は夢をみていた。

 その夢はどこまでも長く、いつまでたっても朝が訪れることはない。

 ふと浮き上がるような感覚とともに水面を超えそうなこともあった。そんなときは遠くから両親の声が聞こえた気がした。このままじゃいけないと思うが、意識は再び深く深く堕ちていってしまう。自分という枠組みが夢の中に溶けてしまう。

 夢の中では彼はどういうわけか少女として生きていた。

 理性がもし健在ならきっとこう思っているはずだ。

 「まさか」あるいは「ありえない」と。

 六条夕里にとって女になるということは無意識でも絶対に望まないことだった。

 確かに彼の容姿は見る人の十人中十人が女の子と間違えてもおかしくはない。髪型をいくら変えようとも筋トレをいくらしようともその印象を変えることはできなかった。

 …………いっそ心も同じように少女のものだったらどれだけ楽だったろう。

 似合う服を着て、似合う髪型をして、可愛く微笑むことがこれからもずっと許されていたのなら、人生はなんて単純で素晴らしいものであったか!

 けれど、そうはならなかった。

 人生の壁にぶち当たったのは初等部の三年だった。

 それまでの六条夕里は完璧だった。

 指で梳くと溶けるように滑らかな髪に白雪のような肌、顔は人形職人の造ったように端正で瞳の色は夕日に照らされたような深い瑠璃色。その可憐さは幼稚舎の入舎式で隣に座った女児が鼻血を出して倒れた逸話を生み出すほどである。

 初等部の白いセーラー服もクラスメイトの誰よりも似合っていた。両親も学校の先生も級友たちも彼がスカートを履くのを疑問に思わなかった。なぜなら似合っているから。そして、夕里自身も当たり前だと思っていた。なぜなら自分に似合っているのだから。


気持ち悪くない(キモチワルクナイ)?』


 そのたった一言が夕里の世界を変えてしまった。今となっては誰がそれを言ったのか覚えていないし、もしかしたら夕里のことではなかったのかもしれない。

 でも、

 ―――ああ、確かに気持ち悪い。

 鏡の前に立つ女の子の恰好をした男を見てそう思ってしまったのだ。

 自分が裸の王様だったような気がした。童話とは違うのは王様が国民の誰よりも先に何も着ていないことに気がついてしまったこと、パレードの途中で途方に暮れて立ち止まってしまったこと。パレードを見守る群衆には“見えて”いたのに、キレイな服だね、と褒めてくれたのに、彼が立ち止まったことで魔法の服は本当に消えてしまったのだ。

 級友たちの自分の見る目はみるみる変わり、陰湿ないじめが始まるまでそう時間をかからなかった。幼馴染の葵井蛍を筆頭に庇ってくれる人もいたが、当の夕里がいじめる側の主張を認めているのだからどうしようもない。

 結局、暗黒のような日々は初等部を卒業するまで続いた。六条夕里は自分に罰を与えるかのように黙って耐え続けた。一体何の罰かはまるでわかりはしないけど。

 ひどい体験だったが、夕里は実のところ後悔していない。むしろ根に持っているのは瞬間湯沸かし器のようにいつも怒っている幼馴染の方である。

 あの日々は自分を変えるために絶対に必要だった。

 心の底からそう思う。

 そして、夕里は夢の中で美少女そのものになった自分を見つめている。

 彼女は本当に完璧だった。鏡に映ったその姿は正真正銘の美少女で夕里は女装を止めて本当によかったと心の何処かで思う。自分がどんなに頑張ったところでこれには絶対叶わない。

 挫折を知らない彼女は無敵だった。

 性格はどこまでも真っ直ぐで素足で天まで駆け上がっていきそう。同じ自分なのに頭もいいし、運動神経だって優れている。心の持ちようでここまで変わるものなのか?

 けれど、彼女は孤独だった。

 誰も彼女を理解していないし、彼女は誰も理解していない。

 その魂の在り方は生徒会の仲間たちのかつての姿によく似ていた。

 彼女が間違っているとは思わない。誰かを諭せるほど自分は出来た人間じゃない。いつだって頼りなく、仲間に助けられてばかりのヤツだ。ただ、もったいなあとは思う。

 ―――だって、君は…………。

 

 六条夕里は夢をみている。

 その夢はどこまでも長かったが、差し込む朝日の気配を瞼に感じ始めている。



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