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chapter 5 「もしも彼があの日私を...」Ⅲ


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 窓の外は真っ赤だった。放射状になって広がる塔状雲はまるでキャンプファイヤーを並べたかのよう。近頃は雨の気配はほとんどない。あと何日もしないうちに梅雨明けのニュースが流れるのだろう。

 コツ、コツ…………コツ、コツ…………。

 無人の廊下に乾いた足音が響く。

「…………不気味だな」斜め後ろを歩く蛍がぽつりと呟いた。

「そうかな?」

「いやいや、不気味だろうが! どう見てもホラーの雰囲気じゃねーか!?」

 白蘭学院は見た目こそ機能美を備えた白亜の美しい校舎だが、それは改修に改修を重ねた結果である。基礎そのものはかなり古く、継ぎ接ぎのような最新設備の間隙に拭い切れない昭和の名残を感じさせた。

「あはは、情けないなあ。全然怖くないよ」

「いや、マジで怖いんですけど。というか、これから『ノーネーム』の本体に殴りこもうというのによく平気だな? 犯人がいるかもしれないんだぞ!」

「今回はホタルがいるからね、すごく心強いし」

「俺が!? むしろ逆だろ!? 俺一人しかいないんだぞ! チクショー、あのフィジカルバカ(神戸明石)め! こういうときこそオマエの出番だろ!」

 頭を抱える蛍を見て、夕璃はいい気味だと思った。あれだけ過剰極まりない信頼を押しつけてきたのだ。少しぐらいは同じ気持ちを味わうがいい。

 でも、足取りが軽いのは本当だった。”あのとき”と違って、今は蛍が横にいる。蛍だけじゃない。たとえ距離が離れていようとミカやかほるだっているのだ。

「着いた」

 サーバー室は校舎一階の奥、学生課の事務室の隣にあった。授業用のPCがある情報演習室はこの階上にある。事務室を窺うが、職員の大半は職員室近くの会議室に缶詰め状態なのか、人の気配はほとんど感じられない。

『こっちの準備はOKだよ、ユーリ』

 ヘッドセットから多摩のデータセンターに向かったミカの声が届いた。津島夢呂栖(めろす)の運営するサイトのサーバーはタイにあるが、多摩にもバックアップ用サーバーがあった。そちらも「ノーネーム」本体の有力候補であり、ミカとかほるが担当することになっている。

「了解。二人とも絶対危ないことはしないこと、いい?」

『あはは、りょーかい♪』

 おどける声に混じって小さく笑うのが聞こえた。冷静沈着なかほるがいれば無茶はしないだろう。しかし、改めて思うが、素の本人と世間一般の三宮かほるのイメージの差がひどい。テレビで見かける明るく爽やかな好青年アイドルは何者なのだろうか?

「いくぞ、ユーリ」

「……うん」

 蛍が扉に手をかけるとオートロックが開錠した。こちらの学院は全てオートロック式だ。生徒会主導でスマートスクールを実現した際の副産物であり、これのおかげで生徒会メンバーはいついかなるときでも学校のあらゆる場所に出入りする権限を(事実上)持っている。

「暗いな…………」

 扉を開けると同時に点灯するはずの照明が灯らない。蛍は扉の脇にあるコントロールパネルに手を伸ばした。廊下から漏れる夕陽が訝しげな蛍の横顔を照らす。夕璃はその光景を既視感めいた感覚とともに見ていたが、ハッと我に返った。

「ホタル、危ない!」

 目の前を銀色の光が弧を描いて一閃する。

 キィィーン!

 耳をつんざく金属音が室内に響くが、

「ギャャァァァ!」

 それよりもはるかに大きい絶叫がかき消すようにこだました。

 コロン、コロコロ…………床を転がるのはスチール製のパイプだった。おそらく昔のサーバーラックに使っていたものなのだろう。しかし、これが自分の頭に叩きつけられたことを思うと夕璃は血の気が引いた。手に取ると冷たい感触が殊更不吉に感じられる。

「あの、大丈夫ですか…………?」

「おい、ユーリ! そこはまず俺を心配するところだろう!? 本当に文字通り間一髪だったんだぜ! ほら、髪に跡がある。見てみい見てみい」

「はいはい、ホタルはすごかったすごかった」

 尚も手柄を褒めてもらいたい副会長の頭をごしごし撫でながら、夕璃は床の上を見つめた。サーバーとサーバーに挟まれた狭い床に学生服姿の男子がノビている。うつ伏せの背中がひくひくと震えているが痙攣や発作ではないようだ。よかった。イスラエル特殊警察採用のスタンスティックだと聞いていたので過剰防衛にならないか心配だったのだ。

「ちくしょう、ちくしょう…………」

 その証拠に意識もちゃんとある。

「津島夢呂栖(めろす)先輩ですよね? 喋れますか?」

「…………生徒会長とAOIの社長か…………このバカどもが」

「はい。そのバカどものリーダーの六条夕里です。すみません、先輩。お話を聞かせてもらいますよ」

 肩を蛍と支える形で津島をパイプ椅子の上に座らせる。津島の体型は予想外に引き締まっていたので驚いた。マッチ棒みたいなのを勝手に想像していたのだが。座らせるとこちらはイメージした通りの神経質そうな一重瞼が夕璃たちを睨みつけた。

「『ノーネーム』は俺じゃない!」

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