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モデル事務所の一室で女子大生雑誌モデル、サラはマネージャーの菊正宗真一とテーブルを挟み、向かい合って座っていた。
「サラちゃん、この前の撮影すごく反響あったよ!」
真一は丸眼鏡の奥の瞳を光らせ、興奮ぎみに訴えた。
「本当!?」
サラが口元を綻ばせる。
20歳。
モデルらしいスレンダーなスタイル。
美しい長髪に青い蝶を模した某有名ブランドのヘアアクセサリーを付けている。
両肩を出すタイプのワンピース姿。
スラリとした両脚には黒のニーハイソックス。
肩から下げたショルダーバッグは髪飾りと同じブランドで、やはり青い蝶をモチーフにしたデザインだった。
「カメラマンさんも最初はサラちゃんが大人しいから心配そうだったけど」
真一が誇らしげに続ける。
「撮影を始めた途端のオーラに感心しまくってたよ!」
「そうなんだ。良かったー」
サラが照れて顔を赤らめる。
「最近、すごく調子がいいよね。よーし」
真一が満足げに頷く。
「ここは勢いに乗ってどんどんステップアップしていこう! 有名な雑誌からのオファーが来てるんだ!」
「………」
サラの顔が急に曇った。
「あれ?」
真一が慌てる。
丸眼鏡がズレた。
「ど、どうしたの!? 元気ないね?」
サラが眼を伏せる。
「実は…」
「ん?」
「自信がなくて…私がその…そんなに実力があるのかなって…」
「ええ!?」
真一が眼を丸くする。
「だ、大丈夫だよ! サラちゃんはとても魅力的だし、努力もちゃんとしてる! 勇気を出して前に進めば必ず上手くいくから! 少しくらい失敗したって…いや、大きな失敗をしたって平気さ! それが経験になって成長できるから!」
「でも…」
「今は攻める時だよ! どんなことが起きても僕と社長が全力でサポートするから! いっしょに頑張ろう!」
「………」
サラは答えず、うつ向いたままだ。
「サラちゃん…」
真一が再び口を開いたところで、スマホが鳴った。
スーツのポケットから取り出し、画面を確認する。
「ちょっ、ちょっと待っててね! この話はちゃんとしておかないと!」
真一がスマホを耳に当てながら、部屋を出ていく。
「もしもし! はい、菊正宗です!」
廊下から真一の声が聞こえてくる。
「はぁ…」
サラがため息をついた。
モデルに憧れ、今までがむしゃらに頑張ってきた。
その日々は、ただただ楽しかった。
脇目も振らず走り続け、ふと立ち止まってみると。
急に自信が無くなってきた。
自分の実力は本当に今の位置に相応しいものなのだろうか?
たまたま運が良かっただけでは?
不相応なチャレンジで失敗したらどうしよう?
今まで考えたこともなかった不安がどんどん湧いてきて、全身をがんじがらめにした。
怖い。
大きな一歩が踏み出せない。
(勇気…)
サラは先ほどの真一との会話を思い出していた。
(私は勇気を失くしてるのかな…)
その時。
何かの気配を感じて、サラは視線を上げた。
「え?」
思わず声が出た。
眼の前を大きな青い蝶が翔んでいる。
どこから入ってきたのか?
窓に眼を向ける。
閉まっていた。
キラキラと美しい光を振り撒き、優雅に翔ぶ青い蝶。
つい見つめ、うっとりとしてしまう。
蝶が2匹に増える。
(ええ!?)
視界がぼんやりしてきた。
(な、何これ!?)
両眼を瞬きするが、ますます歪みがひどくなっていく。
そしてぐにゃりと曲がりきった景色が一瞬、真っ暗になり。
サラは全く別の場所に立っていた。