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野宿

 3日めの夜。カイとケレは焚き火を囲みつつ、道具の整備や会話で時間を潰していた。

 この3日間で起きたことといえば、渡りゴブリン達とうっかり出くわしたぐらいのものだ。不運な彼らは残らず命を落としたが、二人にとっては倒すよりもその後の火葬作業の方が手間だった。

 何かの病気を媒介してくる可能性もあるので、一応は燃やすのが“外”における最低限のマナーだ。精神や魂に作用するウィルスなどであったら無意味だが、そこは割り切るしかない。


 元は駅のホームだったらしいその場所は、奇跡的に屋根が生き残っていた。線路の上には、へし曲がった車両の残骸が残っている。中を調べても白骨しか出てくるまい。技術的な参考になるような遺物があるとも思えないカイは捜索まではしなかった。

 代わりにデバイスモニターを起動して、浮き上がる青透明のパネルで写真を撮影して、座標と紐付けていく。カイの端末で個人的な情報以外のデータは逐一“中央(セントラル)”に送信される。覚えている者がいるなら、駅の名前や思い出などを更に付け加えてくれる。カイはそうした誰かの覚え書きを後日、確認するのが好きだ。


 裕福な生まれとは言えなかったので不可能であったことだが、もし旧時代に世界中を旅行していたら……その感傷を自分も共有できていただろう。カイは過去を惜しんでいた。過去であれ、未来であれ、夢想できるのは良いことで生者の特権だろう。


 物思いに耽るカイの横では、ケレが蟲銃を分解してメンテナンスしたり、弾を整然と並べて数えていた。



「通常弾が半分になってしまった……そろそろ補充したいところだ」

「ダストシューターは弾要らないから良いぞ。空圧式なら整備代も安い。オススメだ」

「嫌だ。それ、初心者向けだろう? お前だって大体鈍器代わりに殴ってるほうが多いじゃないか」



 まぁ確かにと、カイも頷くしか無い。


 ダストシューターはその不人気度に反して、武器としての完成度は非常に高い。かつて“神話の奔流(ストリーム)”の初期には補給が混乱し、弾丸が足りなくなることも多かった。それを踏まえて初の旧新一体の装備としてダストシューターが生まれた。弾切れも無ければ、初の異界混交合金で作られた砲身の硬さはもはや異常である。

 その反面、とりあえずでも平時に戻れば不要となる。ついでに言えば作りすぎて支給品まで落ちてきた不遇の名作である。電磁誘導方式にすれば威力は上がるが、値段も上がるのでこれまた微妙である。



「いい武器なんだけどなぁ……」



 愛用の武器が評価されていないことを嘆きつつも金属缶の中で火を起こし、その上で湯を沸かしている。この辺りは旧時代におけるキャンプ料理とあまり変わらない。

 その中に携帯食を放り込めば、立派なスープの完成である。もっともカイは固形状態を好んでいるので、それを食うのはケレだ。


 カイは同系の携帯食料を取り出して、パッケージに切れ目を入れて齧りつく。もそもそとした食感を楽しみ、明らかにパッケージに書かれた謳い文句とは違う味を楽しむ。チーズ味と書かれているが、パンを無理矢理圧縮すればこういう味になるだろうとしか思えない。その一種の味気なさから補給品の中では圧倒的に不人気であり、注文すると凄い速度で送られてくる。順番待ちなど、表示された覚えもない。



「蟲銃だけじゃなくて、サブウェポンとか持たないのか? 取り回しが悪いだろ、それ」

「最近はちょっと考えてる。普通のハンドガンにするかハンドレールガンにするか……いや後者は先立つ物が無いんだが。それを言うならお前はその瓦礫打ち出し機一本で行くのか」

「俺の場合、殴る蹴るで大体は潰せるし。金が無いなら貸すぞ。返すんならな」



 スープが出来上がり、ケレは鍋から深めのマグカップに移して、スプーンで掬って食う。どことなく上品な感じがする動きだ。そう言えばエルフのお姫様だったか、とカイは今更思い出した。

 この旅慣れした態度はエルフのイメージとは異なるが、教え込まれたマナーがそうした印象を与えるのだろうか?



「ケレはエルフなのに銃とか詳しいよな。俺はてっきり弓矢しか使わんと思ってたが……あ、そう言えばエルフが肉食わないって本当なのか? 小説なんかじゃ定番だったが」

「そういう連中もいるらしいが、私の場合で言えば別に禁じられている訳ではないな。単なる好みだ。理屈を付けるなら……肉は調理の際に火を使ったり、金属でできた調理器具が必要だったり……我ら、では無かった……エルフの感性に嫌悪を与えやすい。それらが原因で食わないやつが多いんだと思う。私はその辺りに忌避感は無いが、味が好みでない」



 いわゆる勘当されたところのケレが時々“我々”に類する表現をしようとする度、訂正するのは痛ましかった。


 そうか。とだけ言ってカイは夜空を見上げる。そこにはいつものように空に浮かぶ、金髪の戦乙女が羽を広げている。気のせいか、いつもと表情が違う気がするのはなぜだろうか? 死を待つような笑みは無く、代わって不機嫌そうにも見える硬い仮面のようだ。


 神話生物の考えは良く分からない。前例の無いタイプである上に、あれはどうも特定の個体に執着する性質を持つ。“中央(セントラル)”の友人が調査を進めてくれているが、その正体は依然不明。カイとその友人達はこの戦乙女に対して、最悪の場合を想定しているためにカイから打って出るような真似はしない。大体どれだけ高いところにいるのやら。そこで戦えと言われるのはゴメンというものだ。



「ケレ。空に何か見えるか?」

「……? 何も見えんぞ。言っておくが月が綺麗ですね、などと言うようなら撃ち殺すぞ」

「ソレ、なんで知ってるんだお前……世界に適応し過ぎだろ……」



 再び空を見上げる。そこには先程までと変わらず、あの女がいる。固そうに見えた表情は、いつもの笑みに戻っていた。

 カイの見るところ、ケレの霊的能力は通常の人間を遥かに超えて〈英雄〉を比較対象にできるぐらいには高い。そのケレでも見れないとなれば、滞空する乙女はやはり見える者が限られている。向こう側が見えるようにと配慮していると言って良い。

 噂の通りに敗死した〈英雄〉の魂を導くだけなら良いが、直接戦闘するとなれば最悪の相手だ。カイに空を飛ぶ手段は無く、周囲からは見えない敵など想像もしたくない。



「と、危機感を覚えたところで不意打ちをしてきたりもしないしな。何考えてるんだか」

「何の話だ」

「こっちの話。そろそろ風よけと虫よけを張っておく」



 カイはボトムポケットから金属製の四角く小さなケースを取り出して、中から筒状の金属を取り出す。指で底部を押すと円筒が分かれ羽のように開き、プロペラのように回転を始めた。

 虫を寄せ付けない信号を出しつつ、登録された銃器以外を探知すると危険信号を伝えて起こしてくれる。カイが友人に頼んで作ってもらった装置であり、一般には流通していない。欠点は無くしたらまずいということだけだ。



「良い棒があって良かった。三角だと、どうにも締まらないからな」



 ダストシューターの銃身部分を取り外し、地に打ち込む。それにここで見つけた棒を一つ。四柱が出来上がり、そこに防塵シートを巻き付けていく。後は中にテントを張れば完成だ。

 見るが良い、この完璧な寝床を。そう思って横を見たカイは前言を撤回する羽目になる。



「すっげぇ器用だな、お前!」

「いや、材料などそこら中にあるからどうにでもなるだろう。お前が不器用なんじゃないのか?」



 カイがお高いテントを張っている間に、ケレは自分でテントを作っていた。材料はそこらの廃材だが、試しに軽く押してみてもビクともしなかった。訓練で木組みのモノを見たことがあるため理屈は分かるが、本当にあるモノだけで作ったパーソナルスペースは少年じみた部分を揺さぶる。



「くそっ。良いですよ。どうあがいても寝袋は俺の方が高級だし」

「いや、私は座って寝るので関係ないが」

 


 日常の一幕で、よく分からない敗北感を味わいながらカイはふて寝を決め込んでしまった。

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