移動
カイという男がどういう人物なのか。今のところ掴めてはいない。
ケレは己の木を抱きながら、リヤカーの荷台に腰掛けて旅の道連れを観察している。カイはなにやら空に浮かんだ青い文字盤に話しかけている。ああした魔法は見たことがあるが、魔力を感じない。どうやら人間得意の機械仕掛けらしい。
多くの種族は人間種を大した存在ではないと見ているが、ああした光景を見る度に私はむしろ驚異に感じる。いやいや愛用している銃や弾丸とて彼らが作っているのだ。侮れと言われて侮る方が難しい。
「送った座標に集落があった。追加しておいてくれ……うん、情報は伝えようとしたが、確認は取れていない。拡散も期待できないからマーカーはイエローで……うん。うん? だから実際に見に行かないと分からないこともあると……了解した。そちらはお前の良いようにしてくれ。ああ、では21日後に」
何を話しているのか、私には分からない。だが、この男はどうやら何がしかの集団に属する人間であって、それなりの立場があるようだということは察することができた。雰囲気や暮らしから同じはみ出し者とは思うが、全く根が付いていない人間ではないらしい。私にとっては完全に同類でなくて少し残念なところだ。
カイは青盤を消して、私の方に歩み寄ってくる。こいつの歩き方は奇妙に一定で、妙に気にかかるところがある。
「仕事の話か?」
「義務の話だな。お前の集落の場所を教えた。あそこは“中央”のデータベースに載っていなかったからな。大方、調査員が遠目にしか見なかったんだろうが、隠匿のベールがかけられていたから仕方もないかもしれない……と、自分を納得させることにした」
「お前は最初から気付いていなかったか?」
「そういう能力だからな。ついでに言えば、あると知っているなら大抵の魔法じみた力は感づかれる。まぁ気付くの込みで張っていたんだろう。これより先は我らが領地ってな」
積極的に隠していたわけではないが……故郷だった集落に確かに結界は張ってある。と言っても遠目に認識されなくなるような、ある種の催眠に近い。間近まで来られればすぐに違和感を感じる。感覚が優れた者にはそもそも効かない可能性がある程度の術だ。集落全体を常時覆うとなれば、相応に難易度は上がる。ゆえに効果を薄くしてあるわけだ。
それにしても……情報を流したことを当の私に教えるあたり、律儀というか馬鹿が付く正直者であるようだ。私が同族と関係が続いていて、敵意を持っている可能性は考えなかったのだろうか? 考えて言ってるんだろうな、こいつは別に頭が悪いわけではない。馬鹿かもしれないが、阿呆ではない。
荷車の取っ手を掴んで持ち上げるカイ。数日一緒に過ごして分かってきたことだが、この男は結構お喋りだ。聞けば、答えがすぐに返ってくる。
「“中央”とは?」
「〈勢力情報統括集積塔〉および〈英雄管理塔〉。2つの施設がある移動シェルターのことだ。面倒だから、仕事で関わる奴は“中央”とだけ呼んでる。俺が今、話してたのは後者だな。前者のことはあまり詳しくないのでな」
「意外だな、役人だったのか?」
「いや、アドバイザー兼幹部だ。創設メンバーの一人なんで、名誉幹部とかだけれど。あそこは特殊過ぎて、英雄が管理するしか無いんだが……“中央”って呼称は無いよな。自分たちが世界の中心っていう気概はどこから湧いてきたんだ」
今、自分は目を丸くしているだろうな。
人間の組織体系がどういうものかは知らないが、それは随分と偉い人間な気がする。というか喋って良いのか、それは。
「……我々に当てはめると、古老とかに当たるのか? 何歳なのだ、お前」
「エルフに歳を疑われる人間は、俺が初めてじゃなかろうか。見た目より歳食ってるのは確かだが、不老では無い……と思う、多分。〈英雄〉化して外見が変わったり、年齢による変化が小さくなるケースは結構多いんだ。寿命に関してはもっと年月が過ぎないと、サンプルが少なくて分からないだろうし……まぁ分からないことだらけだな」
おや、はぐらかされた。強いて聞きたいほどでは無いので構わないが、結局自分の年齢は秘密らしい。こいつにも隠し事はあるようだ。完全無欠でないことは良いことだと思う。
母がそうであったように、完璧なものが脆さを露呈した時には大体が手遅れなのだ。
「21日後に何かあるのか?」
「……ああ、ある。その時までには合流ポイントに行かなければならないから、この辺りの調査は余りゆっくりととは行かないな。ケレはこれからどうするんだ?」
「良ければ同行させろ。お前の行くところは何かと面白そうではある」
わずかな言いよどみを嗅ぎ取る。この男からは一瞬だけ二種類の恐怖を感じ取った。恐れと畏れ。“中央”とやらには、こいつですらそう思わせる何かがあるらしい。
カイは何か考え込むような姿勢を取ったが、それも一瞬だった。意外に肯定的な返事が来る。
「まぁ構わないが……俺は死ぬわけにいかん身の上だから、トラブルとかに出くわしても最悪の場合見捨てるぞ?」
「それこそ構わん。先日、社会的に死んだばかりだ。次いでに、その前にお前が手加減しなければ死んでいた身の上だ。なんなら、好きに使ってくれて良い」
「変なエルフだ」
「変な人間が言うか。私は我々……ではなかった、エルフの中では人間社会に理解がある。お得だぞ」
今のこの”世界は荒廃した地が多い。木々の芽吹きは感じるが、若木が成長するには時間がかかる……伝統的な矢の材料が手に入らないため、そうしてガンナーになった経緯が私にはある。そして、本格的な整備や弾丸の調達で人間と関わる機会が必然的に多くなったのだ。
穴があるものの、人間との会話もスムーズにできる自信がある。どういうわけなのかは分からないものの、人間という種族は彼らがエルフと呼ぶ者達に随分と甘い傾向がある。他種族というだけで敵意を向ける者も当然にいるが、商売人には少ない。
「……話し相手には良さそうだ。とりあえずだが、よろしく」
「よろしくお願いされたぞ」
「お前に人間とのコミュニケーションを教えた奴は、何考えてたんだろうな……」
おかしなことを言いながら、カイが荷車を引く。私が乗ったままでも文句は無いのか、そのまま進んでいく。足取りが明確なあたり、当てどなき旅でも無いのか。
「目的地は?」
「予定では3日後にここで停車するシェルターがある。そこで当面の物資を買うつもりだ。だから、それまで過ごすにいい場所を探す。屋根があって、壁があるところをな」
それだけならそこら中にあるが、崩れる心配の無い場所を探すとなると時間がかかりそうだ。倒壊した人の建物、錆び歪んだ金属、今の荒野にあるのは岩ではなく、かつての人間たちが使っていた物でできている。
「これでも綺麗に残ってる方だな。世界旅行は崩壊前にしたかった……いや、何もなかったらしようともしなかっただろうな。当時、俺は普通の人間だったからな。壊れてから後悔するのは人の癖だな」
「少しは残っている国とかも無いのか? 文化も?」
「文化は各移動都市に継承されている。少しでも原型を留めていたオブジェクトもそういった場所に回収されているんだ。今や、壊れていない崩壊前の物は全て文化財と言っていいだろう。闇取引にも出回るぐらいだが、我々〈英雄〉にも回収班がいる。俺も少しは拾ったよ。誰だコイツ的な銅像を」
私達は結局壁のない屋根だけの広い場所に泊まることになった。カイは壊れかけの椅子に座りながら、何かの感慨にふけっているようだった。なんとなく入っていけないものを感じた私はそうそうに寝ることにした。