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妖精事情

 フードを上げた姿は、美しいと言っていい顔立ちをしていた。体だけでなく顔にまで細い印象を受けて、折れやしないかと心配になりそうだった。ただ目はつり上がっていて険が強そうだった。

 “神話奔流”で現れた種族は何も人類と敵対的な種族とは限らなかった。アウトサイダーの中によく見かける子鬼やゴブリンなどにしろ、同じグループの中の人間とは関係を築いている例もある。


 その中でこの森の妖精、あるいは草原の妖怪達は中立を保った。そもそもエルフという名で括っていい種族か分からないと聞いていた。人間と同じように多様な人種を持ち、そして信仰も様々であり、一般的に抱くエルフのイメージを下手に当てはめるとろくな事にならない……というふうにカイは知人から聞いている。

 実際、カイはエルフという種族との接触はあまり得意ではない。今、彼の目の前にいる人物のようにかつてのサブカルチャーに出てくるような人間の美的感覚からしても美しい種族もいれば、そのイメージからかけ離れた種族もいる。

 近年になってようやく科学を組み合わせて研究できるようになり分かったことだが、霊的あるいは神秘的な要素と物理的な要素を併せ持つ種族は見た目に関して他者からのイメージが影響する。


 人間からしても美形……ではなく、人間が美しいと固定観念を抱いているから美しい。あるいはおぞましい見た目に寄っていくのだ。外観による種族判定は当てにならない。

 


「フォレストエルフ……の、レディで良いんだよな?」

「知らん。我らは我らゆえに、そうした呼び名は持たない。お前は他種族に会った時、いちいち名に付け加えて私は人間ですと言うのか? 言わないだろう?」

「いや、言うが」



 カイは多少自分の発言に後悔していた。確かにエルフだの何だのはあくまで人間が、別の種族と邂逅した時に伝承から取った名前を用いるだけだ。幾ら中性的な美貌と長い耳を持つからと、そう呼ぶのは勝手に過ぎない。礼儀を欠く。とどこまでも生真面目に考えている。

 カイという男は気楽に生きるのが好きな癖に、潔癖に振る舞うのが同じくらい大好きという度し難い類の人種だった。



「……おかしな人間だ。ともあれ、お前は私の命を拾った。何を求める?」

「それを聞いたのは俺の方だ。いきなりの強盗まがい。一体どういう了見だ。山賊でも金を置いておけば命だけは勘弁してやると言うのが定番のセリフなのに」



 その言葉を聞くとエルフは顔を歪ませた。どうにも自分でも嫌な真似をしていた、という自覚があるらしい。それはカイにもはっきりと分かる。

 エルフというのは妖精や妖怪の総称でもあるが、目の前の人物は若い頃親しんだゲームやアニメのエルフとほぼ同一であるように思われる。フォレストエルフと判断したのは単にその髪が緑がかった金髪……という人間にはまず見ない色から言ってみただけだったのだが、否定しないということはフォレストエルフの女性で間違いは無いらしい。



「母が……」



 絞り出すような声。さも切実そうに、泣き言を言うことで己の全てが瓦解するとでも言うような絶望感を漂わせている。いや実際にそうなのだろう。彼女は銃を使っていても、未だエルフのままなのだ。誇りが生きている。絶望するのは、誇りが砕けた時だ。



「母上が、病気なのだ。この世界に馴染めず、枯れてしまいつつある。だから……万病に効く霊薬、ユニコーンの角を求めて、お前を襲ったのだ。先にアレを見つけ、仕留めたのはお前の方だと知りながら……付け狙っていた」



 そのような不浄な手段で手に入れた薬を母はどう思うだろう? 飲んでしまった後なら自害するに違いない。狩人が命をかけて、追い詰めた獲物を横取りしたのだ。これほど不名誉なことは無い。エルフの胸に会ったのは慙愧の念だけだ。

 この恥知らず。消えてしまうが良い。自分を自分で罵倒する。



「……ああ、事情は分かった。渡すのは角だけで良いのか? 血も肉も骨も、全部残ってるが」

「……は?」

「色々言いたいことはあるが、ユニコーンの遺骸は渡そう。一刻を争うなら、運びまでやろう」

「なぜ?」



 信じられない馬鹿話を聞いているような思いがエルフの娘に沸き起こり、精神が思わず立ち直ったようだ。

 確かにエルフの立場からすれば、善意の人間というのは余りに都合が良すぎる。生まれた時から聞いている話では、人間はごくわずかな例外を除いては強欲な種族と聞いている。そして、実際に関わる内にそれは真実だと知ったのだ。

 実際にそんなもの(・・・・・)なのは確かな上、二人の初対面は控えめに言って最悪だ。仮に相手がお人好しだとしても、いきなり殺そうとしてきた相手に手を差し伸べるというのは奇特に過ぎる。


 しかし、カイには〈英雄〉としての役目がある。付け加えるとカイからすれば、ユニコーンのような存在を狩るのは副業だ。経済を回す一助に過ぎない。出くわすのが稀で、高額で取引されていようと、カイの価値観からすればさほどに重要ではなかった。

 むしろ、これはいい機会を得たとより強く思うのはカイの方だった。中々悪くない流れだと感じている。この女性がどこまで遠出をしてきたかは知らないが、ここ一帯にエルフの集落があるとはデータベースに無かったことを彼は覚えていた。


 データが取れるだけではなく、新規のコネクションを人類にもたらす機会になり得る。カイは一般人ではなく、〈英雄〉である。全体的幸福を優先するのも、ある程度は求められる立場だ。

 カイが“外”にいるのは趣味と実益を兼ねている。そして更に、そこに使命も関わってくるのだ。果たすべき義務の前に、多少の金銭的損失などどうでもいい。



「打算半分、良心半分。だから相殺されて丁度いい。正当な取引がしたい、とそういうわけさ。乗るか? 反るか? いずれにせよ俺に不利益は全く無いから恩に感じる必要すらない。ウィン・ウィンの関係が築けると思う」

「……乗る」



 取引成立。頼まれてもいないのに、運び屋もするつもりだろう。代価も告げず、善は急げとばかりに廃ビルからカイは飛び降りた。エルフの女があっと声を上げるのを気にせず、最短に違いないコースを落下していく。



「リヤカーを持ってくる! ここを降りたらそのまま待っててくれ!」



 勢いよく遠ざかっていく声。

 このビルは20階建てで60メートル近い高さがあるのに、一瞬の躊躇なく飛び出していく無鉄砲。落下の衝撃をどうする気だと下を覗けば、既に着地をした後らしい。凄まじい速度で遠ざかっていくのを見るしか無い。


 観察眼に優れるエルフはその光景に違和感を覚える。〈英雄〉……その能力はエルフにとってさえ、驚くべきものである。この男の身体能力はどこかおかしい。幻想と生物の間に存在するエルフだからこそ、そう感じ取ったのかもしれない。

 恐らく〈英雄〉の持つ特殊能力。それが、あの男の場合は身体的に作用する力なのだろうと判断はできる。だが、どういった能力なのかがいまいち判然としない。


 目まぐるしく回る状況に、エルフの娘の心から絶望は無くなっていた。狙撃のために辺りに散らかしていた、道具類を慌てて革袋に詰め、階段を数段飛ばしで駆け下りていく。それでもカイがリヤカーを持ってくるほうが早かった。

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