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少しの変化

 夢。寝る時に見る夢。

 もはやソレは意味を変えた。しかし、悲しいかな人間が人間らしい醜さと美しさを持っていた時代での夢はもう来ない。救いがないことに、人間たちはそれに気付け無い。神秘が蘇った今、それは眠りの神に導かれ、夢神に魅せられるモノとなっている。


 もっとも、彼だけは違う。不撓不屈の〈英雄〉だけは他者と共有する映像を見せられる。

 ローディング。ローディング。再生を開始します。


 それは(はりつけ)の光景。

 “彼女”が見ている光景なのか、あるいは恩恵を与えた者の残影か。わからないまま、ひたすらに火を見せられる。夢にしては恐ろしいほどに精巧な、臭いと痛み。でも大丈夫、慣れてしまったから。一夜などわずかに過ぎる。“彼女”の苦痛を思えばものの数ですらない。

 

 不屈の〈英雄〉は不死身へと無理矢理に改造されていく。いいや、望んでこうなったのだ。そう言い聞かせて夜を乗り切る。あの姿を見たときから誓っていた。一人にはさせない。それでも、火は燃え続ける。自分が火の夢を見た後も、“彼女”は焼かれ続ける。

 あの子は自分よりも適正がある。いいや、比べることすらおこがましい。だとしても、その力を自分も手にしたい。いつか来る終焉に対抗したいと願うのみ。


 火に焼かれながら、無力さを嘆く。誰よりも恵まれているはずのカイの夢が変わる日は来ない。


/

 朝から死体を見るようになったのは何年前からだったか? そう自問してみたくなるが、眼前の獲物を採ってきたのは自分である。ため息を一つしながら、思い出したように死体に手を合わす。ユニコーンが合掌で成仏するかは知らない。


 折りたたみ式のリヤカーを広げて、袋に包んだユニコーンの遺骸を載せる。抜いた血を溜め込んだタンクも一緒にだ。半トンを動かすそれなりの重労働だが、慣れたものである。


 幻想生物の死体は扱いが難しい。一瞬で塵に帰るものもあれば、何も残さないやつさえいた。ユニコーンはその中では割合分かりやすい。腐らないわけではないが、腐敗速度は遅い。売る側にとっては何ともありがたい性質であり、これで弱ければもっと狙われていただろう……個体数自体が少なめだが!

 それなりの希少価値に加えて、売れない部位が無いユニコーン。確認したが皮にも傷があまり入っていない。これならば“中”に持っていった際に、プラチナム……は無理だろうがゴールドチケット3枚にはなるだろう。懐がホクホクである。


 ……実際に使う機会はあまり無い金だが、貯めて置くと安心感がある。いざという時に使えるのだから。

 

 神話奔流(ストリーム)から長い時間が経ち、各都市は自給自足を旨として閉鎖的なコミュニティを築いた。フィクションでお馴染みのアーコロジーというやつだ。その理由は怪物たちによって人口が大幅に減少したこと。そして、怪物たちの発生が場所を選ばないことにあった。


 発生現場で活動する者としては、種類によって傾向が見られるように感じるが、それまで使われていたインフラにも容赦なく出現するのは変わらない。能力的に瞬間移動じみた性質を持つ存在もいれば、新しい道を作った途端にそこを出現地点に定める存在もいる。人は対処に疲れ果てて、極力移動しないことにしたわけだ。


 当然、各都市ごとの交流は健在だが……やり方が凄い。人は動かない。なので、街ごと(・・・)動かすのだ。初めて見た時は思わず、SFが出現したと呟いたほどだった。それでも、直に会ってのやり取りという意味では旧時代からすると随分減ったそうな。



「まぁ知ったことでも無いが」



 ついつい独り言が出る。直さ……無くても良いか。誰も聞いちゃいない。

 ともあれ、そうした経緯で都市内が“中”で都市街……大体は廃墟……が“外”と呼ばれるようになった。何のひねりもない名前で、どうにかならなかったのかとも思う。

 軍や外交関係者でも無ければ今の人類は大半を“中”で過ごす。俺のように“外”で活動する者は稀であり、“外”で収穫できる貴重な物資を集めて来れる収穫者でもある。


 “外”で活動するには許可がいる。特に要求される戦闘能力は凄まじい水準であり、ほとんどが〈英雄〉と呼ばれる超人である。その比率は9割を超える。

 かくいう俺自身、“神話奔流”第3段階の末期に英雄化している。少ない友人達も皆〈英雄〉で、“中”の知り合いの方が少ないという一般人とは逆転した人間関係を生きていた。

 それに不満は無い。この時代で世界に己が爪痕を残したいのならば、〈英雄〉であることは必須条件だ。俺は別にもてはやされたいとは思わないが、目的はある。そのために自身の〈英雄〉能力は欠かすことができない。


 今でも思い出す、あの炎の日のことを……あんな恐怖はあってはならないから……


 頭を振って火のことを思考から追いやる。そのことはいずれ考えなければならないことだが、今ではないことだけは確かなのだから。

 リヤカーの荷物を固定し終わると、俺は無造作に取っ手を掴んで引きずっていく。半トン近い荷物が乗せられているリヤカーは、普通の人間には重労働だが俺のような体質の者にとっては何ほどのこともない。暇を紛らわすために時折、引き方を変えながら進む余裕があるほどだ。


 自動車やバイクの類を導入することは考えないでも無かったが、維持が面倒なので止めた。機械の調子に合わせて街に戻らないと行けないのが嫌だった。俺はとにかく俺の都合でタイミングを決めたがる。明らかな悪癖だが、直す気は全く無い。


 こうしてくだらないことを考えながら、幻想生物の死体……生きたままのこともある……を運んで、“中”へと持ち込んでいくのが俺の日常だ。そして、その日常には道中起こることも含まれる。



「おっと」



 小さな飛来音、次いで破裂音。音の速度を越えて物体がどう飛んでくるかを予測。あらかじめ一歩下がった上で、身を捻った。すると先程までいた位置より1歩先の地面に小さな穴が開いた。

 こちらの歩幅を読んだ見事な射撃に、思わず唸りそうになるが感心してばかりもいられない。音から判断するにスナイパーライフルのような武器で明確にコチラを狙っている。とりあえずそこら中に建っている無人ビルの影に入ることにするが、古くなった壁は防壁としては頼りない。まさしく隠れているだけだ。



「さてと、どうするかな。狙いは荷物だろうから、置いていけば追われはしないだろうが……アウトサイダーに遭遇したのは久しぶりだしな」



 独り言を言いつつ、しゃがむ。

 撃ってきた弾丸は特殊な付与も無い通常弾のようだ。俺にとっては当たっても死にはしないが……狙いが偉く正確なのが気になる。

 アウトサイダー……〈神話奔流(ストリーム)〉で出現した人に近い亜人族や、何らかの理由で“中”での生活が困難な人間の徒党を総称してそう呼んでいる。ちなみに〈英雄〉が混ざっていることはほとんど無い。

 生まれた〈英雄〉の情報は中央塔という場所が管理しており、法から逸脱し過ぎた者など出れば即刻処分するためだ。



「いや……アウトサイダーでは無いかも知れないな。徒党を組む連中ばかりではないが少し妙だ」


 

 ここまでの流れを見るに、相手は凄腕のスナイパーが一人のみ。昨夜をここで無事に過ごしたが、何も無かったところを考えると縄張りの問題でも無いらしい。

 案外、本来の目的を引き当てたかもしれない。ここは素直に好奇心に従うべきところだ。ひび割れたタイルを力強く踏み、銃弾が飛来した方向へと駆け出す。スーパーマーケットの残骸を抜け、ホテルのフロントであった場所を慎重かつ大胆に進む。

 相手はどんな者なのか。素敵な出会いの予感がする。心躍らせながら、疾風より速く会いに行こう……。

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