巨人鳥
銃火が絶え間なく光り、絶叫がこだまする。
これこそまさに戦場の再来であり、“神話の奔流”が新たなステージに移行することを参戦者に納得させる説得力があった。
「――洞窟に有りては我らが隣人。陽光の下では我が下僕――影絵芝居!」
「きぇっ!?」
ハルピュイア達が己の影にまとわりつかれて、機動を大きく損なった。どういう原理で飛んでいるのか不明なままだが、翼の動きを制限されれば飛べないことに変わりはないようだ。
そうなればアニカの〈拘束〉は非常に有効だった。落ちた三姉妹へと浴びせられる銃火とブレフトの毒撃。そしてシェルター内へと入り込んだハーピー達は他の〈英雄〉達に駆逐されつつある。
残りの大半は自分たちのオリジナルなど知りはしないとでも言うかのように、飛び去っていく。こちらにもシェルターから遠距離攻撃が放たれ落ちていくが、全滅とはいかないだろう。激突を避けるタイミングで発進し、追撃していく航空戦力達にも限界はある。
ともあれ、数による被害は防げたのだが……
「なんだこいつら!? 硬すぎて銃弾で死なねぇ!」
「私の銃でも駄目だな。やれ、ブレフト」
「アイアイサー」
蠍の尾についた刃にも似た針が狙いを定める。ハーピー達の親玉と言えど、脳を溶かして生きていられるだろうか。針が刺さらなくとも、毒を垂らすことはできる。
それに合わせて動くアニカ。接近して自身の影と相手の影の二重緊縛で、より硬い縛鎖を作り上げる。後は相手の膂力次第になるが、隙としては十分。
「待ちなさい、ブレフト。上から可能であれば捕縛しろとの指示が来ました」
「あ!? 上は頭どうかしてるかよ!」
「無論、どうかしているとも。あり得ない事象に対して、先を読んで行動しようなどと考えるのだ。ときに愚者とならねば神域に迫ることできぬと信じているゆえ」
圧力。いつの間にか加わっていた男から、異常なプレッシャーを感じてブレフトは思わず飛び退いた。
この異常性……自分たちの身元引受人であるカイに近い。いや、近いのは圧力だけで方向性は全く別だとブレフトは感じ取った。
「我への対処としては間違っていない。しかし、敵味方の判別が甘いな。いや……貴様にとって我は敵ということか? どちらにせよ語りかけられるまで気付かなかった。そして、眼前の敵へ突きつける針を戻した。アレが見出した者にしてはマシというものだが、精進を続けるべきだと忠告する」
序列2位。ドラキュラにも似た姿は、どちらが怪物か分からない。ただ一つ言えるのは、コレが味方で良かったということだけ。尊大でありつつ礼儀を弁えた道理の人。そうでなければ、人類にとって危うい存在であっただろう。
「さて……伝説に従えば、この三姉妹は虹の女神と繋がりがある。うっかりと殺してはならぬとは、また面倒なことよな……〈簒奪〉せよ」
「きぃええええぇ!?」
2位の〈英雄特性〉が、その力の一端を見せる。本来控えである5位ではなく、彼が来た理由はそこにある。〈簒奪〉の力を有する〈英雄〉は、神話の怪物の力を吸い取り飛べなくする。
「ふむ。我にはこちらの方が良い。力の改良は炎よりもなお面倒だが、確率としては上だ。貴様らの神威、できるだけ削らせてもらおう」
もがくハルピュイア達を捕獲するためにも力を吸い上げる。風を基調とした神威はエネルギーとしては拝領の儀より劣るだろうが、苦しむ必要が無い。“彼女”を介さない分、上にいるカイとはまた違った結果が得られるかもしれないと考えてのことだ。
体に馴染ませる必要もあるが、上で戦う仲間が負けるようなことがあれば突貫で体を作り変える必要も出てくる。さて、さいの目はどうでるか。第2位は世の流れをいささか不遜な思考で予測し、備え始めた。
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一方の上空。そこでは西暦において初となる神と巨人の死闘が続いていた。
空間を侵食すらしていく黒の波動と赤の輝きは、ラグナロクの再開を意味していた。
『……貴様は、何だ? 貴様の力は紛うこと無く神どものそれだ。しかし、貴様は歪だ。何を司っている?』
「さぁな! なにせさっき神様になったばかりなんだよ!」
フレスベルグという鷲と会話が成立することを、神人と化したカイはあっさりと受け入れていた。その声が脳に直接届くことについても、疑問さえ起こらない。
フレスベルグは謎が多い。“死体を飲みこむ者”という異名以外に分かっていることは一つ。フレスベルグは大鷲の姿をしているが、巨人の一族なのだ。北欧神話においてアース神族とヴァン神族に並び、そして敵対する奇々怪々な一族である。
カイに生じた宝石で作られたような鉤爪と羽が唸る。対してフレスベルグが放つは怨念。彼が今まで食らってきた魂の数々なのだろう、黒くまとわり付く人面の影が敵を食らうべく侵食を試みる。
それに対して、カイは力を篭手と翼に籠めるという慣れない動作を行い、神火で照らして打ち消す。
能力的に相性が良いのはカイの方だろう。しかし数千年を生きてきた巨人と、新神では練度の差が圧倒的に差がある。〈最善〉が同時に起動していなかったのなら、互角まではとても行き着けなかっただろう。
再度の激突。今度は鉤爪と鉤爪がぶつかり合い……衝撃を受けたフレスベルグはたたらを踏み、カイの鉤爪は無惨に砕けた。
〈最善〉による加護ですぐさま元に戻るものの、カイの欠点はここにあった。
カイ自身は自覚していないが、篭手の先に付いた鉤爪……すなわち武器の存在は後悔とコンプレックスによって生じたものだ。かつて火の洞窟で守られてしまい、役目を果たせなかった負い目。
次こそ守り、先に戦う。そして絶対に守られない。そのため、敵を一刻も早く倒したいという無意識が武装を産んだのだ。それが幸か不幸か、カイの鉤爪は圧倒的な攻撃力を獲得していながら非常に脆い。
『クックク……ミズガルズも存外に面白い。貴様のような歪な神を生み出すとは……興がのる。9つの宇宙が繋がりしこの世界に、不思議は何もない。良いだろう。賭けをしよう。勝ちし者が相手の魂を引き継ぐ。そして、我輩を打ち倒せたならフレスベルグを貴様が名乗れ。貴様の名は?』
「……カイチ・アカザキ」
『では我輩が勝ったのなら我が名はカイチとなる。名が示すは在り方と魂の行方だ。存在以上の根幹を賭けて、争おう人間よ!』
そうして滞空したまま、巨人と神人は鉤爪をぶつけ合う。
まるで角を打ち付け合う山羊のような野蛮さが空で繰り広げられる。空に立てるのは互いに人という文字が入るがゆえだろう。鋼鉄など及びもつかぬフレスベルグの鉤爪と、灼熱でありながら脆いカイの鉤爪の応酬が幾度繰り返されただろう。カイの鉤爪は幾度砕かれただろうか。
そして、決着のときは訪れる。フレスベルグの鉤爪と、カイの鉤爪が同時に砕け散る。フレスベルグの鉤爪は再生しない。しかし、それだけがフレスベルグの武器ではない。
貴様の魂を食らう。その言葉に偽りなし。死者をついばむ者の最強の武器は、クチバシにこそある。一体、何人の人間を貫いたであろうか……その魔性が再生中のカイを食らった。
ゆえに決着。“死体を飲みこむ者”はカイを丸呑みにし……猛烈な炎に内側から焼かれた。
『ぬぉおおおお!? 馬鹿な!』
「慣れないことをするからだ! 死体を飲み込むお前が、生者を飲み込んでどうするという!」
全てが終わり、誰もが油断する瞬間。つまり、報酬を受け取る際にこそフレスベルグは油断を戒めるべきだったのだ。吐き出そうとするが、もう遅い。
「家に帰るまでが遠足ですってなぁ!」
内側から切り裂かれ、扉のようにこじ開けられる。蓄えた怨念も全てが霧散し、消えていく。
フレスベルグをフレスベルグたらしめていた要素が失われていく。
油断大敵。神も人も勝利の宴で毒酒をあおる。
『は、はは……! なるほど、これが敗北か! 悪くない、悪くないぞ! 英雄よ! さぁ約束だ。我が魂と名を受け取れ! 貴様の中で、貴様に従い、我輩は今度こそ神話に己の名前を活躍と共に刻みつけよう!」
カイへと流れ込む純白な力。怨念を解き放ち、ただ風を引き起こすだけの存在へと回帰した神鳥は〈英雄〉の列に無形のまま加わる。
カイチ・アカザキ。保有する〈英雄特性〉は〈最善〉と〈神火〉。コードネームは……黄泉神鳥。




