翼と鋼
銃声と甲高い鳴き声が響く。
人類側のヘリとそれに乗った兵士達が剛毅に弾をばら撒きながら戦っている。偵察兼誘導役。早い話が決死隊でしか無いのだが、彼らは士気旺盛……というよりは狂喜と後悔の嵐の中にあった。
彼らは志願してここへ来ている。全員がハーピーに大切なものを奪われている。
「ハハッ。これ狙わなくても当たるんじゃねぇ?」
夫の死骸の上にクソを撒き散らされた女兵士は、良いから死ねとただ撃ち続ける。
「おおおおぉおおおっ! アマリアぁぁあ!」
娘の死体を啄まれた中年兵士は両手に持った長銃から、恨みと悲しみを放出する。娘を直接殺したのは別の種族なのだが、そこはどうでもいいようだ。
「おぅおう皆様、ここで死ぬって時にお元気なことで」
言いながらヘリ自体に設置されたミニガンで最も多くの死を作り出しながら、皮肉げな男が言う。
ある意味、この場で最も病んでいるのはこの男だった。他の二人が刹那的な死と殺戮を望んでいるのに対して、この男はハーピーの絶滅を望んでいる。しかも、それは別に自分が死んだあとでも構わない。
自分たちの捨て身で後々には人類が、あの鳥人間どもを一羽残らず殺してくれると信じてやまない。一方で、叶うなら対話をなどという体裁は全く信じていない。
「このまま引き連れつつ殺すぞ~! あっはっは!」
そんな連中を従える操縦士もマトモではない。残らず正気ではない面子を揃えて、ヘリコプターは飛行を続ける。
ハーピーはどうみても飛行に向かない肉体でありながら、隼並の速度を出す。だが、旧暦の一般的なヘリコプターですら隼と互角以上の速度が出せたのだ。最初に見積もった間合いがある以上、連中は絶対に追いつけない。
一方的に撃ち落とすまでだ。
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そんな彼らが映し出す映像を中央の面々が真剣に見守る。とは言っても、態度は各人様々だ。特に幹部達は苛立たしげな者が多い。
そんな中で褐色肌に薄い色合いの金髪をボブカットにした、いかにも大人の女性という凛々しい〈英雄〉は比較的冷静だった。
「敵の数が多すぎて、大型と中型の姿が見えないな。ワタシとしては特に大型の様子が気にかかるのだけれど」
「どんな姿であろうと、結局は戦うのだ。気にするな、アデリー」
アデリー、アデライド・バラチェ。かつてカイを炎の洞窟から救い出した女にして、序列5位。
ジャイアント・キリングに長けた〈英雄〉であり、“彼女”がいなければ、アデリーこそが〈ファーヴニル〉を打倒していただろう。
「そりゃ君はそうだろうけどね。ワタシの〈英雄特性〉は大味に見えるけど、結構繊細なのさ。通じない相手にぶつかっても意味はない……少ない戦力、効率的に使わないとね」
中性的な口調で妖艶な声音というのも不思議なものだと、カイは思う。
大型が見掛け倒しで無いと確認されれば、そこに向かうのはアデリーとカイだ。……カイに関してはどのような状況でも投入して損がないためではあるものの。
「ふぅーむ。君たち以外は温存じゃいな。敵の動きが奇妙じゃあ」
「どういうことかな、御老体?」
老骨の序列10位が言うと、序列2位もまた応じる。序列10位の〈英雄特性〉は戦闘向きではないが、離れた位置であろうと俯瞰して見ることができる。
「我が目も遮られて大型の影が見えぬ。そして釣り餌につられているように見える翼人共……これは侵攻ではないわなぁ。おおぉ、なんとおぞましきかな」
「具体的な発言を希望しているのだが」
「うむ。つまりよのぉ……あのはぁぴぃ達は逃げているのよ。その大型からのぅ」
考えても見なかったが、あり得る話であるとカイは思った。
人間は非人間型の怪物達を敵視してきたが、向こう側にも向こう側の事情や動機があるのだ。奉ずる神が違う、同じ世界の住人ではない、あるいは単に気に入らない。
カイが経験した戦乱は強力な個体が支配していた時代だ。“神話の奔流”の段階変化、〈ファーヴニル〉の死亡。変化した状況では怪物達が仲間割れを行っても何ら不思議ではない。
「神話が違うのかな。そうなら、最高を名乗る存在が複数いることになる。対立もするだろうさ。問題は誰が敵で、味方になってくれるかっていうことだ」
「全て敵という考えの方が良かろう。貴様は蟻の言葉に耳を傾けるか? 仮にそうだとしても、蟻の言語は我らには理解できん。その価値観もな。我々が人類同士で何年殺し合って来たと思っている」
「あー、耳栓最高」
2位の言葉だけカットする耳栓作ったな、こいつ……という周囲の視線もマッドには届かない。細いようで図太い男なのだ。
状況の変化に対して一貫して同じ姿勢を取るのも悪くないが、少なくとも全方位から襲われるのは避けなければならない。流石に〈英雄〉であろうとも、神を相手取って一対一では分が悪すぎる。それは全員把握していることだろう。
『敵集団、設定地点を通過。シェルターの逆走を開始と同時にライザ隊、行動を開始』
オペレーターが機械的に告げる言葉に、カイだけが不安を覚えた。
ハーピー達が攻めてきているにせよ、逃げてきているにせよ、ここまではこちらがやることに変わりはない。
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ライザの部隊は遠距離攻撃を主体とした陣営だ。いくらハーピーがありふれた怪物の一部に過ぎないとしても、怪物は怪物。群がられては防壁はともかく、装甲兵達のスーツも保たないだろう。
ゆえに距離をとって数を減らす。実に分かりやすい。そもそも移動要塞としての役割に転じたシェルターは、一定の距離を保ち続ける。そこで接近できる存在など〈英雄〉にもわずかだ。
しかし、戦車に随伴兵が必要なように射撃を行う者たちにも守りは必要だ。だからこそ、ライザは最初に投入された〈英雄〉となった。
「カイチ様の前で無様を晒すわけにいきません。お前達、死ぬ気で働きなさい。ケレ様は適当に顔でも剥がされててください」
「戦いを前にした演説では、史上最悪の言葉だったのではないか?」
しかし、緊張感をほぐすという意味では有りだろう。ライザの配下達は意味は全く違えども織田信長よろしく、三段構えになっている。狙撃、速射、そして近づかれた場合の連射。ケレは狙撃の班の端にいる。
砲撃と予備は中型と接触した場合の備えであり、早々には動かさない。
ならばいかにして〈英雄〉ライザが彼らを守るのか。凡百のハーピー達はそもそもシェルターとヘリの移動速度に届かない。ゆえに追いついてくるのは中型と予想される。
容易い相手とは言えないはずだが、ライザはいつもの調子のまま指を鳴らして短く告げた。
「開け」
射撃隊のいるシェルターの後方外壁。そこには鋼鉄の箱が10個並べてある。これは遮蔽物であると同時に、ライザの武器であった。
「さぁ……あの方のために舞いなさい――〈鉄兵操作〉」
箱が開き、現れるは金属製の人型。
人間の技術力はついにこのような存在を生み出したのかと、ケレは瞠目したが誤りである。無人兵器は旧暦の頃から研究されているが、人型を取る意味はあまり無かった。
鋼鉄がきしみを上げ、同時に投下された大型銃器を掴んだ。そのまま盾のように、留まりながら砲火を放ち始める。同時に射撃隊も撃ち方を始めたため、ケレも他人の能力を気にする余裕は無くなった。
人のような姿と声で撃ち落とされ続けるハーピー達。その殺戮劇の最中、ケレは気配と臭いで反射的に一歩引いた。狙撃班の内、ケレの横にいた二人の首が無くなっている。始まってから初の敵からの攻撃だった。
「ケェっ! 邪魔するんじゃないよ!」
「どうして妖精がいるのさ!」
「あたしたちはそれどころじゃないんだよ!」
中型……ハルピュイア三姉妹。すなわちアエロー、オキュペテー、ケライノー。人間たちのイメージが影響してマトモな顔をしているハーピー達とは違い、この3体は醜い老婆の顔のままだった。だが、速度は別らしい。
旋風めいた速さで、迫る妖鳥をライザの鉄兵が防ぐ。しかし、相手は腐っても神。堅牢な金属は抉られ、一体は頭部を失っている。ケレは盾が絶対で無いと知ったと思ったが……頭が無い鉄兵はハルピュイアを撃つべく射撃を再開した。
頭部をもぎ取られた、首。そこにはカラクリや電子機器など一切無かった。
「ケッエ! 何よコレ!? 美味しくないわ!」
「残念。その程度で、わたくしの人形達が止まることはありませんよ?」
亜種金属操作能力。それこそがライザの〈英雄特性〉。関節が無くとも動き、仕組みが無くとも操れる。生命なき存在が法則を無視しながら活動する。まさに〈英雄特性〉の反則性を示した力だ。
精巧なロボットをコスト度外視して、使い捨てられるような守りは文字通りの鉄壁だ。複雑な動きをさせるなら10体が限度だが、簡単な動作なら制限は無いに等しいという使い勝手の良さも長所である。
しかし、思ったよりもハルピュイア達は強力だった。初撃で狙ったのがライザ自身であれば、チームは危ういところだった。
中型がその姿を晒したことで、戦いは次の幕へと移り行く……




