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火の後

 打ち捨てられた街の、打ち捨てられたアパート。その屋上で、一人の男が伏射姿勢で潜んでいた。

 少し茶色がかった黒髪は短くも長くもない。肉体は鍛え上げられて、山を登る草食動物のように絞られている。季節は冬だというのに、なぜかタンクトップ程度しか上半身を覆っていないが、寒そうにする様子は一向に見えない。


 男の名はカイとだけ呼ばれている。名字も無いので、明らかに偽名なのだが本人が一向に明かさないので知人すらもそう呼ぶ他無かった。


/


 手にした射撃兵器はいつ見ても奇妙な形をしていた。三角形の棒が3つ、グリップから伸びている。射撃の際にはこの三角が開いて、間にはめ込まれた物を射出する。〈ダストシューター〉と呼ばれる銃だ。大抵の場合、その辺りに転がっている価値のない代物……瓦礫だとかそういった物だ……を放つことになるのでこんな名前で呼ばれている。

 俺自身、これの正式名称は覚えていなかった。俺が覚えていないということは、聞こうとすらしていないはずなのだ。ついでに電磁誘導で撃つのか、空気圧で撃ち出されるのかも忘れた。まぁ電気を補充した覚えは無いので多分空気を圧縮しているのだろう。


 〈ダストシューター〉は“外”で活動する者には格安で支給される。要は金の無い者や駆け出しが護身道具程度に持つ代物だが、俺はこれを気に入っている。安いというのは素晴らしいことだし、弾も尽きることは無い。戦闘スタイル的にも銃器はそれこそおまけなのだから、一切問題はない。

 ついでに三本の三角棒がやたらに頑丈なため、いざというときには鈍器として使える。


 かれこれ8時間ほど、伏射姿勢のまま待機して照星の先を見据えている。普通は辛いかも知れないが、俺はそういうことができる肉体なので全く問題ない。

 問題ない。問題ない。これは日常なのだ。


 それから30分ほど過ぎた時、照星の先に動く物体を見出した。

 思わず声を上げそうになるのは我慢した。“外”で活動する者は大抵が単独行動のために独り言の癖がつく。だが、声をあげては獲物を逃してしまう。


 照星の先は、半分崩れそうな建物だ。元はブティックか、個人経営の服飾店なのだろう。女性型のトルソーやマネキンが入り口近くにも散らばっている。獲物はここへ来ることが分かっていたから、待ち構えることができたのだ。

 目を凝らすと、服飾店の前に来た生物の姿がはっきりと見える。すらりとした見事な白馬だったが、通常の馬と違うところが一つ。頭にかなりの長さの角がそびえ立っているのだ。


 俗に言うユニコーンという幻獣だ。かつては清廉にして潔白、騎士や貴族の紋章に描かれた獣……旧約聖書にすら登場する。それは今、当然のように現れてマネキンの匂いを嗅いでいた。

 


(哀れだな。遥か神話の時代から幾星霜。それでもまだ女を追い求めるのか)



 ひび割れ、薄汚れたマネキンの純潔を確かめようとするユニコーンを可哀想に思う。いつものように、ほんの一瞬。

 三本の棒が開かれ、間に瓦礫が入れられる。棒がそれを僅かな力で確保すると一瞬の狩りが始まるのだ。


 ポシュン! と間抜けな音を立てて、人間の頭部ほどの瓦礫が飛んでいく。狙いは完璧に一角獣を捉えている。


 しかし、ユニコーンは耳を立てると軽快にその場を一度跳ねた。豪速球はその僅かな動きだけで、狙いを外されてしまう。これは〈ダストシューター〉の泣き所であり、熟練者が用いない理由でもある。弾体によっては速度がどうしても銃弾などに劣るのだ。

 それでも問題はなかった。弾を放つと同時に、俺は一角馬に向かって跳躍していた。正確にはユニコーンが跳ねるであろう場所へと、500メートル(・・・・・・・)ほどの距離を飛んだ。


 これまでに何度もやって覚えた流れ。ユニコーンは傲慢だ。攻撃を加えれば、それを小馬鹿にするように短い距離で避ける。そこへと俺本体で攻撃を加えて狩る。


 ここまでしてまだ油断はできない。単純にユニコーンは強い。神秘生命としての格は高く、ランク3に位置づけられている。このランクにもなると一般的な火器では殺しきれなくなる。専用の弾丸を使えば別だが、それを使えば割に合わなくなってしまうので、気兼ねなく使えるのは都市警備隊ぐらいのものだ。

 ……だから、俺のような者は“外”にいるのだ。


 一瞬の邂逅で目が会う。ユニコーンの相手は他の怪物よりもずっと楽に感じる。こいつらの目は憤怒に燃えて、傲慢に満ちている。見た目が優美であろうと、こいつらほど怪物らしい目をした存在はそうお目にかかれない。だから俺はこいつらを狙う。罪悪感が和らぐ。


 相手が動くことは許さない。ユニコーンが着地した瞬間を狙って、膝蹴りを首筋に叩き込む。骨を砕く感触が伝わるが、そこで終わらずに首へとぬるりとまとわりつく。

 男が自分に乗ろうとしているように感じたのか、一角獣は激しく暴れようとする。振り落とされる前に頭部を掴み、横に勢いを付けての一回転。馬と同じ頭部はねじれて、向いてはいけない方向を向いた。いくら神話の時代からの生物であろうと、首が弱点なのは現代と同じ。凄まじい生命力でしばらく跳ね回っていたが、やがてもんどり打って倒れ込んだ。


 その角を掴んで、500kgほどの荷物となった馬を俺は引きずっていった。そして一時の拠点でこれを捌き、売る。これが俺の副業(・・)だった。まぁ本業の方は遅々として進んでいないので、最近はもっぱら狩人の真似事ばかりしている。

 そして一番困ったことに、俺はこの生活を結構気に入っていた。



/



 角缶の中で燃える火に照らされる。

 時は夜。正確な時刻は分からない。時計を持っていないわけではないが、めったに見ることは無かった。我ながら覇気のないことだが、タイムリミットを感じるような代物は極力身に付けていたくはないのだ。


 ひび割れたセメントにごろりと転がる。

 仰向けになれば目の前に満点の星空と、欠けた月が並ぶ光景が見られる。空が昔よりキレイになっているのは何かの皮肉だろうか?



「……やぁ。今日もお疲れさん」



 そこに向かって声をかける。“外”で活動する者特有の独り言ではなく、たしかにそこには声をかける対象が存在した。

 月明かりの下に映える金の髪。兜を連想させるが、ティアラのようにも見える頭部のアクセサリー。顔立ちは整っており、うっすらと笑みを浮かべている。

 薄手の格好でどちらかと言うと快活そうな性格をイメージする容姿だが、実際のところは知らない。なにせあちらさんは空に浮いている(・・・・・・・)ので、声が届いているかも分からない。


 彼女……いいや、彼女達はごく一部の者にしか姿を見せない。ひょっとすると幻覚のように、自分だけが見えているのかもしれないと思うことも度々あった。

 見える者達はその存在を神話になぞらえてヴァルキュリアと呼ぶ。彼女達は目を付けた英雄が死ぬのを待っているのだと、まことしやかに語られている。


 本当のところは分からないが。少なくとも俺専属? らしき彼女からはそうした印象を受けない。



「だけどまぁ……アンタに虹の橋(ビフロスト)をわたらせて貰えるのは悪くないな。ヴァルハラが良い所だと思ったことはないが」



 英雄と神々が渡る虹の橋……伝承では真の戦士はそこを通って英雄の館へ行くという。宙に浮く彼女には随分と似合いだろう。俺に似合うかはさっぱり分からないが……いや、時代的にそもそも虹の橋は既に燃え尽きているのだろうか。

 少しばかり待ってみたが、やはり返答は無い。

 言うだけ言ったので俺は眠ることにした。俺に夜具は必要ないので目を瞑るだけで良かった。


 さて……今の時代はラグナロクの前なのか後なのか……

 いずれにせよ備えなければ……

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