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拝領の儀

 ここに住む者たちが外出する時、友人や親族の家や商店以外に行くところといえば、〈勢力情報統括集積塔〉か〈英雄管理塔〉のどちらかになる。しかし、警備兵を装った特務兵から合図を受けたカイは人の流れとは別の方向に向かった。

 二つの塔の間、すなわち中央に位置する建造物。最高層が常に明かりに溢れている〈灯台〉とあだ名される建物へと、カイは向かっていた。人の流れに逆らう移動はもう何度目だろうか。


 その道に一人の男が立っているのを見つけたカイは、思わず心境と合わない声が出てしまう。



「げっ……」

「ほう……帰ってきたか、カイチ。今回は珍しくも、実りを齎した。実に殊勝な心がけ、今後もそう願いたいものだ」



 開口一番に嫌味を言うが、この人物に悪意は無い。嫌味ではなく、普通に称賛しているのだ。

 滑らかな黒髪がうねる、長身の男。その体躯は鍛え上げられているが、身に纏う貴族風の衣装を超えて主張するほどでは無い。歳は中年と初老の中間程度に見える。

 序列2位。現時点(・・・)で、カイを始めとした幹部達のリーダーを務める男である。


 堂々たる佇まい。聞くものを無条件に従わせるような声……威風が灯台までの道に立ち込める。

 カイとて“彼女”がいなければ頭を垂れていたかもしれないが、あいにくとそうではない。



「それはどうも。だが、アンタがなぜ灯台から出てくる?」

「当然、拝領の儀を行っていた。現状において、我らが持ち得る最大の武器。使えるようにしておいた方が良いに越したことはあるまい。記録は貴様には遠く及ばなくとも、向上は見込める」

「そうか……だが、“彼女”を武器などと呼ぶな! アンタが俺に喧嘩を売っているのと同義だ!」

「ふむ……謝罪はしよう。しかし哀れだな。我らの中で最も多くに触れながら、その心は未だにあの日に縛り付けられたままか。取り繕った飄々さなど、すぐに剥げてしまう。忠告するが、前を向くのならば後ろに気をやるのは止めておけ。前進する意味が無かろう」



 序列2位は去っていく。カイも追いかける気には到底なれなかった。

 2位と話せば、全てを否定された気分になる。しかも、彼の言い分が全て事実であるという自覚があるのだ。


 誰よりも“彼女”を利用しているのは誰だ? 俺だ。

 誰よりもあの日に囚われているのは誰か? 俺だ。



「俺は……前へ向かって逃げているだけだ……けれど……止まってしまえば、もう……」



 悲壮な決意をしたような顔で、灯台の前に立つ。灯台には出入り口が無いように見えるが、カイ達が立てば開いて迎え入れる。

 何度、ここを訪れただろう。何度、頂上へと向かっただろう。手慣れた動きで淀みなく動く体。悲壮感に酔いしれながら、戦う力を欲する。己の情けなさに自分で笑いたくなるが、口角は凍りついたままだった。


 中に入るとカイの目に映る景色は更に曖昧になった。まるでホテルのロビーから、あらゆる調度品を取り除いたようだ。中央にあるのは受付ではなく、円筒だ。

 円筒に入れば旧時代を思い出すエレベーターが待っている。1から60までのパネルがあるが、それらは全てダミー。中に入った者の権限を認識するだけで、自動的に最上階まで上がっていく。


 上昇する時間は長く、なんとか意志を取り繕えた。扉が開く。

 ガラス張りの観測施設に囲まれた、コロッセウムか野球場。ここはいつも変わらない。



「来たか、カイ。予定より早く帰還してくれて助かるよ……会議の時にもいてくれると助かる。お前がいないと、あのおっさんの独壇場だからな……全く。老害でないのが逆に鬱陶しい」

「久しぶりだなマッド。送ったデータは役に立ったか?」

「ああ、良い気分転換になったよ。ケレブイエルというお嬢さんを今度紹介してくれ。色々と作ってみたんだ」

「お前の工作がなんで気分転換になるのか、俺にはさっぱり分からんよ」



 ヨレヨレの白衣を羽織り、目の下にくまを作った男とカイは握手を交わした。

 序列9位、ケンジ・オールポート。日系人であるためか、カイとは仲が良い男だ。最近は〈英雄〉としてよりも、学者としての役割を優先している。基礎研究だけでなく開発からメンテナンスまでこなし、カイの持つ便利道具の製作者でもある。



「それにしてもいつにも増して、ひどい顔だぞ」

「明らかに疲労困憊しているお前に言われるほどか? ……お前の言うところのおっさんと入口前で会ったんだよ」

「ああ~、出た。正論攻撃。私はいつも耳栓をしているがね」



 マッド。自称マッドサイエンティスト。

 そう名乗るには人が良すぎる男だ。そう自分で名乗らなければ、ここでやっていけないのだろう。きっと本当は虫も殺したくないに違いないと、カイは前戦乱の時から思っていた。


 新旧織り交ぜた実験設備だけが立ち並ぶ空間はとても寂しいものだった。きっと人が居た方が怪しげな水晶で出来ている機械や、旧時代の遺物達も目立つはずだ。

 そこでマッドは一人で仕事をしている。カイと同じ後悔を抱きながら、その対象を見続けてきた。



「なにも帰ってきてその日の内に、拝領の儀をやらなくても良いだろう? 私なら絶対ゴメンだ。経過時間もドベだったしな」

「なら……あの炎が何か分かったか?」

「何も。小さく神秘の波動が漏れているということだけだ。恐らくは彼女が、あの力を内に留めているのだ。尽きぬ炎は今も大元から送り込み続けられていると推測するしかない」

「蛇口か。今、こうして真横にいる俺たちが焼け死なないのも、全ては“彼女”が間に入ってくれているおかげか……」



 カイは今も、塔の中央から目を逸して会話をしている。そこに目を向ける勇気が無かった。


 その場所にあるのは一言で言うなら焼死体であり、火刑の光景だ。

 だが、焼けて縮こまるような姿勢ではなく、直立していた。そして今、この瞬間も激しく燃え続けている……灯台の光の源。それがカイ達の言う“彼女”の正体。序列一位にして最強の〈英雄〉。最大の魔獣すら倒した炎の使い手。

 序列一位……それが意味するところは一つ。どう見ても焼死体なのだが、彼女はこれで生きているのだ。ひどいことを言えば、死んでいれば残された者達はそれほど心に傷を負わなかっただろう。

 しかし、彼女は絶対に必要な存在なのだ。これから訪れる“神話の奔流(ストリーム)”の第4段階(・・・・)に備えるために。



「そろそろ行ってくる」

「ああ」



 それ以上語ることは無いようにマッドはカイを送り出した。

 彼からすればカイの姿は見てはいられないほどに、痛ましいものだった。だからこそマッドは見続ける。あの男に少しでも見返りと助けがあるように、観察しなければならない。


 間に幾つもの隔壁まで設けられた入り口を抜け、カイは儀式の場に足を踏み入れた。足元は洞窟の岩場のよう……ではなく、実際にそうだった。〈ファーヴニル〉を打倒した際に、彼女がいた地点の地面をそのまま持ってきて作られている。

 足元。足元。カイは足元しか見ない。心の傷を覗き込める勇気が欲しい。そう願いながら使命に引きずられて、中央に近づいていき……到達した。


 眼前にいる“彼女”。その姿はかつて知っているものでは無いから、連想することなどできない。それでもカイはその顔を見ることができない。跪いて足を見るのがやっとだった。そこに不撓不屈の〈英雄〉の姿はない。



「ああ――」



 目に足以外の部位が見えた。手の平だ。

 その上に乗っているのは炎。自然の火とも人工の火とも違う、何かの炎……次の瞬間、それは宝石のように固まった。理屈も分からないが、火の結晶としか呼べない代物だ。手にしてしまえば始まってしまうため、持ち帰って研究などできはしない。機械でも無理だった。



「ごめんなさい――」



 儀式が始まる時にようやく本音が溢れた。そして、次は絶叫が喉からほとばしる。



「グッああ、ヒッ、ああああ! グげっ! がぁあああっ! ア、ああっああ!」



 与えられた者に火の力を埋め込もうと、体内で唸る結晶がカイの肉体を作り変え始める。

 大丈夫、俺の能力は〈最善〉なのだから死ぬことはない……などという理屈が出る隙も無い。何度味わおうと慣れることなど決して有りはしない。

 拝領の儀において、〈最善〉が重要なことには間違いがない。他の者が発狂寸前まで1分とかからない激痛。かつて〈ファーヴニル〉の火を浴びたことのある者達ですら一日保つことはない。

 だが、カイだけは別だ。神威の炎が体を焼き付ける端から、肉体は〈英雄〉として最高の状態を保つべく回復を開始している。もはや絶叫とすら呼べなくなった音を喉からかき鳴らしながら、とぎれとぎれに毎回同じことをカイは思う。一日かけて言語化すればこうだ。



『“彼女”はあれから何年もこの苦痛と付き合っているのか?』



 何日もかけて言葉を作りながら、必死に堪え続けるカイ。不可思議なことだが、神火に焼かれている間には食事も水分も不要だった。まるで何かのエネルギーを流し込まれているよう。

 ――カイの中に埋め込まれた結晶が満足するまでの時間……一月と4日9時間32秒。当の“彼女”を除けば、またしてもカイは記録を更新した。

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