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セントラルへ

 予想以上に移動都市同士は近づいていたようだ。一日足らずで“中央”に到着すると、やけに緊張した態度で操縦士が報告してくるとカイは気にするなというように肩を叩いた。それだけでパイロットの緊張は大分緩和されたようだった。


 かつて存在した50人以上を乗せることを目的とした超大型ヘリを、超常の力を踏まえて再設計した機体は「百人乗っても大丈夫!」である。

 そこに乗っている人員は操縦士含めて10に届かないのだから、どこかきまずい沈黙を保っていたがカイは全く気にしていなかった。

 

 囚人なのか、参考人なのか分からない待遇を与えられた反乱分子二名は緩い手錠をかけられて配給食と睨み合っている。手錠は単なるポーズであり、その気になれば引きちぎれる……というか緩すぎるために付けたままでも戦えるだろう。


 彼らに対する緊張感は、当人たちよりエルフの姫君が気にしていた。



「あの二人はあのままで良いのか?」

「んむ。暴れるなら死ぬことが十分にわかっているから、大丈夫だ。それより、機内食食わないのか? セントラルの補給部門は年がら年中新しい味を作っている。ソーダ醤油味はちょっと駄目だったが、大体美味い」



 ケレは自分の緑金の髪に似た色をしたペーストをフォークで突き刺した。引っ張ると粘り気があるようで、どことなくスライムを思わせた。

 人間の食文化を知るいい機会だと自分を納得させて、口に運ぶ。



「~~~~~!?」



 舌に触れた瞬間にケレを襲ったのは甘みの暴力だった。エルフの里にも菓子の類は当然に存在するが、こうした複数を組み合わせた代物はほとんどない。仮にあったとしても里にいる時間が短く、狙撃手をやっていたケレには縁がない代物だった。

 しかも人工甘味料は自然由来の砂糖よりも強い甘みを発する。その衝撃に見目麗しいエルフの姫君は目がぼんやりとしていた。



「栗抹茶味か。どっちかなら昔を思い出すが、なんというか子どもが作る遊び菓子のようだな」

「クリとはあの栗か! こんなに甘いものだったか? それとマッチャとはなんだ?」

「……よく考えたら俺も知らんな。抹茶ってなんだ? まぁ茶の一種には違いない。ただ食いすぎるのはオススメできないな。このペースト風は大抵カロリーお化けだからな」



 その何気ない一言に、喉を鳴らすような小さい笑い声が響いた。笑い声はどこか諦めと呆れを含んでいた。

 笑いの主は蠍毒星(シャウラ)であるブレフト・ソーメルスだった。尾を持つ彼にとって、普通の椅子は随分と座りにくそうである。



「カロリー? あんたには関係ないだろう? 常に己を最高の状態に保てる怪物は、体型が変化するのか?」

「色々条件があるんだよ。確かに俺の〈英雄特性(ヒロイズム)〉は珍しい常時発動型だが、解除できないわけでもない。というか何をもって最大値なのか俺も詳しく知らん。常にそうならまだお前の毒でビクビク跳ねてるかもしれないし、訓練とか完全に無駄になっちゃうだろ」



 カイに限らず〈英雄特性(ヒロイズム)〉は人間では分からないことも多い。あるいは人間が古代から取り戻した特殊能力を、使いこなせている英雄など存在していないのかもしれなかった。


 だからこそ、この二人の反乱者をカイは連れてきた。カイが見たところ、彼らの〈英雄特性(ヒロイズム)〉は伸び代が非常に大きい。

 特にアニカ・ピクネセの影追人(ダークストーカー)は影に見えて影では無かった。なにせ影を作るための光を必要としていない。本人は戦闘能力で完敗したために従っているが、異常という点ではカイを大きく上回っていた。


 となれば序列を戦闘能力で決めるのも間違いなのだが、分かりやすい力関係であるのも確かなのだ。カイと彼の仲間達(・・・)のように先を見ているものは稀だ。もっとも、ある程度自分で気付くか、カイたちから聞かされなければ知らぬ者のほうが大多数だ。



「だからこそ、ドサ回りしている訳だが……はてさて」

「何がだ」

「いや、独り言だ。セントラルに着く前に寝とこう」

「捕虜の前でか?」



 既にカイは後頭部に手を置いて、背もたれに深く寄りかかっていた。心底気にしていないという風だが、ブレフトは不思議と侮られている気はしなかった。



「捕虜じゃない。同類だ」



 そう言ってから、カイは本当に寝てしまった。アニカとブレフトにとっては特に奇妙な人物だった。エルフのケレも少し躊躇ってから、銃に寄り掛かる奇妙な姿勢で目を瞑った。

 その様子を見ていて、ブレフトは観念したように呟いた。



「アニカ。俺はしばらく、成り行きに任せてみたい。どうすればこんな変人が出来上がるのか、見てみたい」

「まぁ……付き合うわ。処刑されても仕方ないからね。最後に面白い見世物ぐらい良いでしょう」



 反乱者達は流石に眠れなかったが、暴れたりもしなかった。大人しく、少しだけ心に余裕を取り戻しながら従容(しょうよう)として待つことにした。


/


 光が眩しい。カイのまぶたを貫通した光は、容赦なく叩き起こすつもりらしい。

 仕方なく、カイは目覚めることにした。寝た時間を考慮していなかったため、微妙に気分の悪い目覚めだったが、目を開くと太陽光ではない金の輝きが目に入った。


 先に目覚めていたのだろう、ケレの緑金の髪だ。朝日を浴びて、緑の中にある金が活動を始めたように思えた。それは川の中にある砂金のようだ。澄んだ色の中で、星が煌めいているようだった。

 金というものは主役だけでなく、脇役としても輝くことをカイは知った。



「……カイ。起きたのか」

「ああ、お前からカイに昇進か」

「……べっ別に深い意味はないぞ!」



 交代員なのか、昨日とは違うパイロットが苦笑している。流石に中央の所属だけあって、他種や〈英雄〉に慣れているのだろう。操縦席のあたりまで来ても、このパイロットは萎縮しなかった。

 旧体制の中でも“神話の奔流(ストリーム)”を生き抜いてきた、古参と見える。



「そろそろ目視可能になりますよ、ナンバー3。ヘリじゃなく、航空機を出せれば良かったんですがね」

「今の御時世だとヘリの方が安心だ。バードストライクならぬハーピーストライクとか笑うに笑えん」

「違いない。先日から正式に配備されだした新機体もヘリです。これからは我々も戦う時代が到来ですよ。旧軍では翼獅子(グリフォン)とやりあって、落とされた借りがありますからね。あっ、見えましたよ」



 上からの視点というのもあるだろうが、それはナミュール・シェルターとは全く違っていた。突き出した3本の塔を中心に、大理石を磨き上げたような建材で作られた建造物が、幾何学的模様で配置されている。


 何より、上から(・・・)見える時点でおかしい。物理的な障壁が無いのだ。戦闘で先鋭化した技術を惜しみもなくつぎ込んで、まだ足りないと改良が加え続けられる暴食の都。

 〈勢力情報統括集積塔〉と〈英雄管理塔〉が配置された、人類唯一の移動戦闘要塞。居住者は半数が〈英雄〉と、その家族で構成される異色の都市。ココだけは普通のシェルターとは何もかもが違う。あるいはこれこそが崩壊後の人類の独創による文化かもしれなかった。



「あの中央の塔は灯台か? 光を放っているように見えるが」

「……ああ、灯台だ。我々を勝利に導く、ただ一つのな……」



 カイの顔はあらゆる表情を混ぜたようになっている。


 ひょっとすれば、この男は好んで“外”にいるのではなく……このシェルターから離れていたいからではないか? それこそがあの灯台にあるのではないか……そのようにケレには見えた。

 後ろの二人ももぞりと動く音がした。これから降り立つことになるが、その希望の灯台を見ることは叶うのだろうか? きっと見れない。ケレはなぜだかそんな気がしていた。

 

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