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影使い

 一方、カイの跳躍はもはや人の領域ではなかった。先日のユニコーン相手に見せた跳躍ですら十分に規格外だったというのに、それを遥かに超える勢いではね飛んだ。そして、相手を蹴り込んだ先にあった手すりに器用に立った。もはや飛翔の領域に足をかけながらも、それを完全に制御していた。


 これがカイの恐ろしさの一端である。彼は〈英雄〉としての身体能力を完全に使いこなしているのだ。これは彼が“神話の奔流(ストリーム)”第3段階までは一般人であったことに起因する。喧嘩すらろくにしたことがない者が、余計な先入観が無いままに自身の力を受け入れる。あくまで全体的な傾向だが、ベテランの軍人が〈英雄〉化するよりも、素人達のほうが単純な戦闘能力ならば優れた結果を出したのはこうした背景があった。


 壁に強かに叩きつけられた敵を見やる。いかに都市警備用のパワードスーツを着込んでいるとは言え、中身は既にミンチされ下手をすればジュースと化しているはずだ。

 だがそれでもカイには侮りは一切ない。自身も〈英雄〉であるから分かる。身体能力の強化度合いは人によって違うが、最低限というものがある。今のたかだか相手を百メートル飛ばす程度の(・・・)蹴りで死ぬような〈英雄〉はいない。



「おい、アンタ……そんな物は邪魔だろう? 脱いだらどうだ? 俺にとってそれは紙切れとさして変わらんし、お前にとっても大して役に立つものではあるまい……三味線を弾くな」

「……バレていましたか」



 カイの考え通り、敵は何事も無かったように立ち上がってホコリを払う仕草を見せた。そして、スーツのヘルメットだけを外す。長い髪がシェルターの人工風に揺らいだ。

 黒紫という奇妙な髪色……そしてカイの攻撃に耐える肉体の頑強さ。この()はカイの同類だった。



「シェルター内における〈英雄〉の反乱か。芸が無いな。このナミュールに正式に配属された身か? もう一人の〈英雄〉との関係は? 示し合わせた上でのことだろうが……」

「……おや、なぜ私一人ではないと? この顔です。余りモテる方では無いですが」



 女はソバカスと垂れ目を撫でた。確かに特徴的ではあるが、顔が崩れているわけでなし。この女英雄風の諧謔だろうか? しかし対峙する〈英雄〉は相手の軽口にさして気を払わなかった。

 おそらくは無為な日々をこの地で過ごす内に、容姿についての陰口でも叩かれたのだろう。異界存在との接触が少ない場合、配置された〈英雄〉は一般人からすれば無意味な存在に成り果てていく。転ばぬ先の杖に対する畏敬は無くなり、人々からすれば“叩いていい人物”になるのだ。



「言っただろう、芸がないと。〈英雄〉がシェルター内で暴れたところで、できるのは殺戮程度。ゆえに反乱を成功させるには幾らか条件が必要になる。手足となる賛同者の存在……同類なら尚よし。何よりも……ライフライン設備の奪取。そして、それに適した能力。外から来た者にわざわざ〈英雄〉が出るということは、他に仲間がいるということだ」

「少し推測が過ぎるように思いますけれど?」

「まぁ、前例を適当に言っただけだからな。不思議と余り外れないが。ちなみにシェルターにおける反乱が成功した事例は無いぞ。諦めた方が良いんじゃないか?」



 ついでに言うのならば、銃を預けられる仲間が5人程度しかいないという時点で結果はお察しだ。日頃からじわじわと蓄積した不満が爆発した結果の場当たり的な犯行の典型だ。



「貴方……妙に詳しいわね。何者なのか興味が湧いてきた……捕まえてから聞いてみましょうか!」



 言葉の勢いに合わせて上昇する圧力。人がその手に取り戻した能力の中でも、集中を必要とする異能。特有の自己暗示を用いて、〈英雄〉独自の現象を引き起こす。

 肉体硬質化のように常時発動型と呼称される能力とは異なり、日頃抑えられているだけ爆発力に長ける事が多い。威力より厄介なのは見た目からどのような力か、全く判断できないことだろう。



「――洞窟に有りては我らが隣人。陽光の下では我が下僕――影絵芝居(ワヤンクリ)!」



 強化カーボン製の床から黒色が立ち上がる。それは影。女の影が波立つように立ち上がり、カイの側に押し寄せる。最小の動きで躱そうとするも、既に遅い。カイの影(・・・・)が己の主に反逆を開始した。

 己の影が拘束衣のような形を取り、身動き一つ取れない姿へと縛り上げていく。女の高笑いが響く。



「アッハハハ! 我が〈英雄特性(ヒロイズム)〉は〈拘束〉! 相手との同意を得た縛りが解けることは決して無い! 終わりだ、貴方が何者かはじっくりと調べてやる! ああ、貴方の仲間はいらないから処分するわ。安心なさいな」

「そうか」



 圧倒的優位に立ったはずの女英雄。それに対してカイの態度は平静なままだった。影使いにとって最も気に入らない態度と、揺らがない瞳で視線を送ってくる。

 煮るも焼くも自由な状況が、影使いの心から警戒心を奪っていった。



「ねぇ……貴方はおかしいと思わないの?」



 虜囚に歩み寄り、カイの顔を妖艶とも思える動きでなで上げる。

 あるいは影使いもまた己の正当性を疑っているのか? 囚われているのはどちらか分からぬまま、言葉を続ける。まるで理解して欲しいというように、説得するような言葉になっていった。



私達(英雄)は強い。いかなる種族すら私達を前にはひれ伏す他無い。その私達が……なぜ、弱者の面倒を見て一生を過ごさなければならないの? 人は恵まれていると私を羨む。でも私に職業を選択する自由すら無く、戦う道しか無かった。尊敬してると言われながら、隔離され、好きな人とも一緒になれなかった……」



 脆さを露呈した心に反して、拘束は緩まない。〈英雄特性(ヒロイズム)〉は使い手の精神性によって形成されると推測されている。ならば、この泥のような影が彼女の心なのか。

 カイもその心情を理解している。それは〈英雄〉に付き纏う“影”なのだ。



「すまんが、その答えは俺も持たない。今も同胞はその答えを探しているだろう。だが……少し、現状認識が甘い。まぁ私達のせいでもあるのだがな……」

「何を言って……」



 影使いはその言葉と同時に、目前から鳴る音に戦慄した。動かなければならないと思っても、影使いの体は動けなかった。

 音は肉を無理矢理引きちぎるような音だった。



「アニカ・ピクネセ。ナミュール・シェルターに正式所属。コードネームは影追人(ダークストーカー)……保有する〈英雄特性(ヒロイズム)〉は〈拘束〉……それに使用するべく影を操作する。肉体的のみならず精神にも作用し、支援型の能力としては非常に優秀。反面、肉体的な強化は低水準であるため、運用の際には隊での行動が推奨される」

「な……!?」



 音と声が交互に影使い……アニカを動揺させる。カイは縛られながら、モニタを眺めて読み上げていた。影が布を引き裂くために膨らむように歪み始めた。

 〈英雄特性(ヒロイズム)〉……英雄達に宿った特殊能力だ。神話に登場する英雄達がそうであるように、現代の英雄もまた超常の力を発揮する。彼ら自身の性質を反映するように、同じものは一つとしてない。兵器として見るにはあまりに多様過ぎる力だ。

 

 そして、それを当然カイもまた保有している。それをもって影の拘束はついに弾けた。何をもって解除したかと言えば、単純な身体能力と精神力でアニカの〈英雄特性(ヒロイズム)〉をはねのけたのだ。



「良い能力だが、相性が悪かった。我が異能。我が〈英雄特性(ヒロイズム)〉は〈最善〉なれば……殺しはしないが、再教育を受けてもらうとしよう」



 絞り込まれた肉体が自然体で立っている。

 アニカは相手の強大さを本能で感じ取った。この男は城壁のような堅牢さで安定した強さを発揮する。それを前にどうすれば良いという。逃げるなどというのは許せない。許されもしないだろう。



「来い。敗北もまた英雄に課せられた宿命。乗り越え、お前も我らの列に加わるのだ」

 

アニカ・ピクネセ

英雄登録ナンバー238


保有する英雄特性(ヒロイズム)〉は〈拘束〉。

能力発動型。コードネームは影追人(ダークストーカー)


発揮される能力は影絵芝居(ワヤンクリ)

自身と指定した対象の影に実体を持たせ、動かすことができる。これを経路として接触した相手との精神接続も可能ではあるものの、本人の気質によるものか、成功確率に波がある。


身体強化度 D

攻撃力 D

防御力 C

機動力 C

爆発力 D

維持力 B

特殊性 A

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