反乱者達
5人の甲冑姿が長銃を突きつける。
その銃の種類をカイは記憶していなかったが、甲冑には覚えがある。黒一色の中で目……バイザー部分だけが黒紫に輝いている。西洋のフルプレートを無理矢理角張ったデザインに捻じ曲げたようなフォルム。
“マッシャー”と呼ばれるパワードスーツで、装着者の身体能力を向上させ、見た目通りに中々の硬さを誇る。……都市警備隊の正式装備である。しかしカイはこのスーツの中身が都市警備隊の面々だとは考えていない。
都市警備隊は真面目に職務をこなす集団だ。役人はいずれ腐敗するものだが、閉鎖空間で武力行使者が腐ると誰にとっても都合が悪い。それこそ腐敗した役人が何かをしようにも邪魔にしかならない。
だからこそ選抜基準は精神的な要素が最も重要視される。パワードスーツを装着するので身体的な面なぞ考慮する必要はない。実を言えば生まれてくる段階でのDNA情報によって素養がありそうな者をピックアップさえしている。荒くれ者は最初から選考基準外だ。
「ようこそ、ナミュールへ。ただいま厳重警戒が発令中に付きご協力いただけますかな?」
「具体的には?」
「我々の管理する施設に移動願います。そこで十分な検査の後、観光などをお楽しみいただきたい」
言葉は一応丁寧に繕おうとしているが、ヘルメットの中で嘲る顔が透けて見えるようだ。おまけに彼らは揃ってケレの方ばかりを気にしている。明らかに下心ありそうな挙動を抑え込んでいる。
警戒すべきは5人の後ろに立つ別の甲冑姿。装備は他の者と同じでも、一人だけ銃を持たず腕を組んで事態を眺めている。あからさまだがこの5人の親分格か兄貴分なのだ。
「……反乱か。だからシェルター内に〈英雄〉が出入りできないようにすべきだと言ったんだ。言わんことではない。今度会った時に文句を言ってやる」
「……おい。何をぶつぶつ言っている。指示に従え。男はこっち。女はそっちだ!」
とうとう取り繕う気も失せたのか。カイとケレを銃で小突いて来る。
精悍なカイもパワードスーツを装着した彼らにとっては恐れるに足らず。その様子を見て、こいつらは駄目だとカイは思う。スーツが与える筋力増加に酔いしれて、状況を判断する能力が無くなっている。
こいつらとしてはケレを捕まえてお楽しみと行きたいのだろうが……
「面倒だが、これも俺の仕事か。ケレ、雑魚を頼んでもいいか?」
その言葉と同時に銃声が響き、甲冑が一体倒れた。しばらくすると鉄床に赤い液体が広がっていく。残り5人の内、4人はそれを呆けたように見ていた。攻撃されるという発想が頭から抜け落ちていたのだろう。
「任された。後で銃の整備代と弾丸代をくれ、それで手を打とう」
問題は残り一人。敵の隊長格だ。
そいつだけは銃声と同時に素早く動き、ケレに向かって蹴りを放っていた。しかし、その蹴りはケレの頭部を目前にしてカイに掴まれて止まっていた。
「関節部を狙うのは正解だが、念の為徹甲弾にしておけ。料金は俺が持つ。そして……」
今度はカイが蹴りを放つ。
相手は腕でガードしたが、弾き飛ばされて遠くの手すりまで飛んでいく。破砕音と共に煙が上がった。合金製の手すりでも止まらず壁に激突。カイの恐るべき身体能力の高さを示す一撃だ。
「俺はあいつに対処する。さほど時間はかからないだろうが、そいつらを殺したら隠れておけ。多分だが、厄介なのは別にもう一人いる」
「分かった」
こうした時、ケレのエルフらしからぬシビアな思考は実に頼もしい。
短く打ち合わせると、ケレは後ろに、カイは前に跳躍した。
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ドーム内は外郭に幾つもの段を持った構造になっている。ケレは一つ上の段へと移り、ようやく動き出した敵を相手に銃撃戦を開始した。蜂の腹部を模した銃は連射できないが、エルフらしい正確な狙いで敵を追い詰めていく。
相手のマシンガンが火花を散らせながらケレを追うが、全て当たらない。
曰く、エルフは身軽であり、崖を次から次へと飛び移り、雪の上でも足跡すら残さぬという。それが真実であるとケレは見せつけてるように動く。周囲の手すり、階段、ポール。内側にはビルや住宅の屋根や煙突。足場も掴まるためのモノも幾らでもある。エルフにとって、シェルター内は森と変わらず動ける場だった。
「くそっ。どうなってる……こっちはスーツで強化してるんだ……それなのに……!」
「宝の持ち腐れ。というのはお前たちの格言では無かったか?」
「ああ!? すぐにとっ捕まえて……!?」
頭部を下に。まるで自殺のように自由落下するケレ。
追ってパワードスーツの男達は手すりから身を乗り出して、下に銃を向ける。そこには足指でパイプを握って、横向きに直立したエルフが銃を構えている姿があった。
銃声一発。バイザー部位を貫かれて、男が一人赤い液体を流しながらケレの代わりに落下する。
「残り、三」
死を数えられた男達は下のケレに向かって銃を乱射するが、パイプを基点に回転したケレを逃してしまう。足場が幾層もあるため、鉢合わせしないように動けば銃器は素早いケレにとって特に問題にならない。
「この連中……あのすーつとやらを使いこなせていないな。全く問題にならん」
その理由は、与えられてまだ日が短いのだろうと推測できた。
ケレが身軽さに優れるエルフとはいえ、本来この都市にいたであろう正規の強化服兵が相手ならこうまで容易く翻弄できない。せっかくの強化も足を止めれば意味は無く、戸惑ってしまえばただのプロテクターに成り下がる。
彼らはむしろ近接戦を選ぶべきだったのだ。統率が取れていないなら、囲んで殴ったほうが怖い。素人の強みを活かせるほどの人数もいなかったが、銃にすら慣れていないなら結果は同じ。
後は距離を維持しながら、弾丸を放てばいい。
問題は無いと感じながら、はてとケレは思い出す。
……なぜ私はこいつらと戦っているのか。というか、こいつらは何なのか。確かに最初から気に食わぬ連中ではあったが、何の疑問も持たずに戦い始めたし、今も躊躇は覚えない。
カイに頼まれたからだ。あの男が言うのならそれが正しいなどと自分は思っているらしい。
「私にも何か欲しいものができたのかな?」
いつの間にそれほど信頼を寄せていたのか……内心で首をかしげながら、ケレは銃の引き金を引き続けた。相手の怒号は完全に無視。
流石に一発では仕留め切れなくなってきているが、特殊スコープで覗いて見えた足を撃ち抜く。
正規兵ならば、そこからでも戦闘薬を注入して反撃出るだろう。しかし、彼らは素人である証拠を露呈した。足の甲に穴が空いた程度でよろめいて動きを止める。そこを見逃すガンナーではない。手足の関節部を正確に撃ち、動きを減退させた後に心臓と頭部へも射撃。全て徹甲弾であり、3人目の被害者は見るも無惨な姿になった。
たまらないのは突然、仲間が血をぶちまけたミンチになった反乱者たちであった。ようやくに現実を理解したらしい。
「残り2……逃げ始めた? 今更逃がすとでも思っているのか」
未だに2対1である状況を忘れ果て、残る二人は遮二無二走り始めた。市街地へ向かわないあたり、人質という発想も無いのだろう。ケレはそのまま下の階層から追いすがって、射撃を加えていく。
目の前にこの美しい女がいれば、彼らも降伏を選択したかもしれない。しかし、未だに敵を侮らないケレは視覚外からの攻撃を続行する。
「まさしく素人だな。……いや、捨て駒か。打つ手は無限にあったろうに」
“マッシャー”は出力に長けるパワードスーツ。ゆえに力まかせに状況をひっくり返す機会は幾度かあったのだ。中身がそれを思いつかなかっただけ。彼らは肉体の五感だけを信じながら、パワードスーツを使っている。その矛盾を少しだけ哀れに思う。
さて、あちらの戦場とどちらが早く決着が着くか。思いながらケレは分かりきった結果に向けて、行動を再開した。




