拗らせ令嬢に逃げられた・・・今?
ループしていない側から見るとこうなりますよね。
「見損なったぞオレリア・ファルケニート!貴様との婚約は破棄させてもらう!」
この一言ですべてうまくいく予定だったのに、一体どこで間違ったんだ?
私はタミール・ファラ・コルスゲン。コルスゲン王国第一王子だ。父上はまだ健在だが、いずれは私が王太子となり、父の跡を継いで王国を動かしていくつもりだ。
そのためには自分にふさわしい伴侶を自ら選びたかった。だが、高位貴族の常として11歳になったとき婚約者ができた。
ファルケニート侯爵の娘、オレリア・ファルケニート。
波打つようなアッシュブラウンの髪と琥珀の瞳を持つ侯爵令嬢。私よりひとつ年下なのに、勉学のみならずダンス、マナー、乗馬、剣術とさらに幅広い分野をこなしつつも領内への気配りも忘れない完璧令嬢と噂されている。
侯爵家には長男がいるため、ファルケニート侯爵との繋がりを得ようとする貴族からの縁談が引きも切らないのに、それらをすべて断わっているのは王家からの話を待っているのだと、宮廷侍女たちがしきりに噂していたが・・・やはりそういうことか、と半ば失望に似た気持ちで受け入れた。
そのせいだろうか、あまり興味も好意もなく婚約者としての最低限の付き合いしかしなかったのは。
普通は私の容姿にぼうっとなってしまう令嬢が多い中、オレリア嬢が示すのは冷静な反応だけ。ただ・・・どうにもお説教クサかった。
私の目線が低すぎる、もう少し高所に立った見方を、地位を振りかざさない、など。
あまりにうるさいので、王子であるから当然だ、と告げると。
「タミール・ファラ・コルスゲン様」
オレリアは持っていたカップをソーサーに戻し、
「あなた様はこのコルスゲン王国の第一王子、王太子からやがては国王となられるお方です。そのお方が今のようなご発言をなさる意味をおわかりですか?」
正面からまっすぐに私を見る。光を帯びた琥珀の瞳が私を射抜いたように感じた。
「あなた様は王子、それはその通りです。ですが、同時に責務を果たすことを求められているのです。国民が飢えることなく、自らの生を全うしていけるように国の内外を整えていくのが王族の仕事。そこまでして初めて王、王子と呼ばれる存在になるのです」
視線を下に落とし、カップから立ち上る香気を追うように揺らす。
「貴族にしても同じこと、いざという時には国の盾となる、その覚悟があるからこうして贅沢な生活も許されますの。でなくては」
その時の表情はなぜか哀しそうに見えた。
「民からの支持を失い求心力をなくすでしょう。王族と言えど盤石ではないのです」
その様子には心ひかれたが、内心うるさいことだと馬鹿にしていた。それは学園に入ってエリナと知り合ってからさらに顕著になっていった。
そう、エリナ・タランドール。男爵家に養子として引き取られた少女は、私のすべてを肯定してくれた。
「タミール様は王子様でしょ?だぁれも逆らう事なんてできないわよぅ。何でもできるのが王子様ですもん、意見を言うなんて、それこそ不敬罪じゃないかしらぁ?」
「タミール様の思うとおりにやっていって大丈夫よぅ。逆にみんながあなたに従うべきだわ!」
「王子様の力は万能なんだからぁ!素敵ぃ、愛してるぅ!」
エリナの言葉は耳に心地よい。自分が認められているようで、自信がわいてくるのだ。態度が傲慢になってきていることも、人の言葉も聞かなくなってきているのもおぼろげに自覚はあったものの、その気持ちよさを手放すことができなかった。常にエリナがそばにいて、私を肯定して愛をささやいてくれれば、何でもできる気がしていた。
それが幻想だと気が付けなかったのは、私が未熟だったからだろう・・・。
後方の扉からオレリア嬢が出ていって間もなく、高位貴族専用の扉が開き父上とファルケニート侯爵が入場してきた。
何やら二人で話しながら入ってきたのだが、騒然とした雰囲気に入口で立ち止まり、辺りを見回している。眉間にしわを寄せた顔がこの場に似合わないと思いつつも、その時の私にはエリナとの許可を得ることの方が重要で、それ以外のことは頭から吹っ飛んでしまった。
「この騒ぎは何事だ。誰か説明せよ」
「父上、お待ちしておりました!」
私の声にこちらを見る父上・・・なぜか不機嫌な顔つきになっている。
「タミール、か。オレリア嬢はいかがした?」
「は!オレリアとは婚約を破棄いたしました!あ奴はエリナを敵視してまして・・・」
「待て!婚約を破棄、だと?して、オレリア嬢はどこにいるのだ?」
「さ、さあ?今、そこから出ていきましたが。ですが、婚約破棄は受け入れました!父上、代わりにこのエリナを・・・」
「この、愚か者っ!!」
思ってもみない父上の怒号だった。王としての威圧を加えたそれは部屋を揺るがすばかりの影響があった。
「ち、ちち、うえ?・・・」
「あれほどお前のことを考えて動いてくれていたオレリア嬢を切り捨てるとは、お前は一体どこを見ておったのだ!」
「ひどぉい!タミール様は王子で頑張ってるのに、どぉして怒鳴るのよぉ!」
いつものようにエリナが私のために口をきいてくれた。だが、この状態の父上には悪手だ。なぜなら・・・。
「娘、お前に発言を許してはおらぬ。控えよ」
道の傍に転がる石ころを見るよりも冷たく、エリナの発言を封じる。
「な、なん、で・・・っ・・・ひぅっ」
「許してはおらぬ、と言うた。口を閉じよ」
最高権力者としての矜持がエリナに重くのしかかって言葉を奪う。
「侯爵、一足遅かったようだな」
「そのようです」
後ろに付き従う侯爵も沈痛な色が隠せない。
「今から追って、いや、無駄、か」
「おそらくは・・・すべて用意の上でしょう。完全に」
「・・・何か伝言が?」
「部屋に置手紙がありました。『今日この時より、縁を切る』と」
「そうか・・・」
「父上・・・置手紙、とは?」
「・・・オレリア嬢は二度と戻らぬであろう」
「は?」
「爵位も婚約も、何もかも返上する覚悟だったのだよ」
「・・・では、やはり!」
「いや、違うな」
自分の罪を自覚していたのか、あ奴は!!
そう拳を握る私に侯爵が否を唱える。
「オレリアは・・・娘は我々を捨てただけなのだよ」
「す、捨てた、だけ・・・?」
「そうだ。爵位も婚約も、すべてを振り捨ててこの国を出て行ったのだ。何の未練も後悔もなく、な」
未練も何もない?じゃ、エリナをいじめたというのは・・・間違いなのか?
「そんな・・・それじゃあ隠しルートがはじまらないじゃん。あのポンコツ悪役令嬢!」
「エリ・・・ナ?」
隠しルート・・・とは何だ?悪役、令嬢?一体何を言っている?
「苦労してここまでこぎつけたってのに、断罪がやれないんじゃ意味ないわよ!・・・あ、でも、ここにきているかもしれないわよね?どうかなぁ?」
「エリナ、何のことだ。オレリアはお前をいじめたのではないのか?」
「え?ああ、あの人の役柄が悪役令嬢だから断罪されて当たり前でしょ?だぁってぇ、ちっともシナリオどおりに動かないんだもん。いくらあたしが可愛くてヒロインだからって、一人じゃ隠しルートまで来れないじゃん。なのに、最後の最後でどっか行っちゃうんだからポンコツよねぇ」
学園で、庭で、部屋で。私を励ましてくれたままの口調でエリナはあっけらかんと言い放つ。
「我が娘を侮辱するのか、男爵令嬢ごときが」
ファルケニート侯爵が完全な無表情でエリナの言葉に返す。
「な、なによぅ、ホントのことじゃん!悪役令嬢ならちゃんと仕事しなさいよって言いたいわよ!なのに、あたしに文句も言いに来ない、嫌味も言わない、苛めにも来ないなんてポンコツでしょぉ?ヒロインのアタシにかなうはずないのに無視してくれちゃってぇ!」
なにもしていないのか、オレリアは・・・!ならば、あの時、私に言ったことはすべて真実!?
それを私は、見抜けなかった・・・!
「話にならんな。近衛、この娘を連れて行け。後でじっくり問い詰めてくれよう」
「あっ、いやぁっ、なにするのよぉっ?い、痛いっ、放してぇ!助けて、タミール様ぁ!」
「・・・エリナ、君は」
「あたしはヒロインなのっ!何をしても許されるんだからぁっ!はなしてってば!タミール様ぁ!」
私は、一体、何を見てきたのだ。オレリアの真実は、そしてエリナの真実とは、なんだ・・・?
エリナは盛大に騒ぎながら連れていかれた。私はといえば、ただただ呆然と立ち尽くすのみ。今まで信じていたものがさらさらと崩れ去り、足元が不安定に揺れてめまいを覚える。座り込んでしまいそうだ。
「タミール、お前も戻っておれ。後ほど沙汰を言い渡す。部屋を出るでないぞ」
父の言葉にやっと頷き返し、広間を出る。その際、
「儂は息子の教育を誤ったようだ」
ぽつりと落とされた言葉が心に刺さった。
舞踏会場からオレリア嬢はいなくなった。扉を出ていくまではだれもが目撃しているのに。
置手紙にあったように、私を家族を国を。
すべてを切り捨てて、文字通り消えたのだ。
逆ハーレム後に隠しルートが開くというのはなかなか鬼畜な仕様だと思います。王太子、これからどうするんでしょうね…?
これは「拗らせ令嬢、婚約破棄をすっぽかす」の王太子視点です。よろしければ前作もご一読ください。