第二話 新世界
全く馬鹿げた話だと思う。
自分が願ったからってまさかゲームの世界へ、つまり異世界へ転移してしまうなんて。
人混みの中を余所者感が出ないように気持ち早足を意識して歩く。起きたら心当たりがあるようでどこか違和感のある街の人気のない裏路地に倒れていたのだ。
昨夜の格好のままで。
まったくもって意味がわからないが、とりあえず外に来ていけるレベルの部屋着で良かったと心から自分のチョイスに感謝した。混乱する気持ちをコンサルタントで鍛えられた冷静な状況把握スキルで押さえ込む。今考えるべきことは、なぜここにいるのか、ここがどこなのか、である。
倒れていた場所から身を起こしぐるりと見渡す。
このような裏路地があるところには心当たりがある。街の空気に混じる汚物の臭い。周りを取り囲む高い建物。しかし築年数は経っていそうだ。…おそらく新宿のどこかの裏路地だろう。
多忙な仕事を考え、便は良いが色々と騒がしいこの街で暮らし始めたのは5年前。新宿ならほとんど網羅したと言っても過言ではない。
スマホを立ち上げる。壊れていない様で普通に使えるようだ。某有名検索エンジンで思いつく限り必要な内容を一通り検索する。特に昨日までニュースを念入りに確認する。
違和感の正体の一部があった。
知っているニュースと違うニュースが話題になっている。昨日起きたはずの芸能人のスキャンダルはどこにも書いておらず、先月から騒がれていた政治家の汚職事件は触れられていないどころか、その政治家自体が存在していなかった。
首筋に脂汗をかきながら湧き上がった仮説にほんの少しの狂った喜びを乗せ始めた自分がいる。
アプリで地図を立ち上げつつ、イヤホンを耳に差し込みながら辺りを歩いて街並みと人々を観察すると、やっぱり元いた世界とほとんど同じらしい。
しかしちらほら見たことのないお店があることや人々の顔と格好にあまりに個性を見出せないところにかなりの違和感を感じる。
既視感が強い。
現実に存在する地がベースになっているあのゲームに。
Asian Black Sheep
現状に甘んじず、大きな野望を持って、日本の裏社会を打破するために戦争を仕掛けたアジアンマフィアたちの気高くも美しく散る命を描いた、あのゲームの世界。
わたしはそこにいるのだ。