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 思わずたたらを踏むと、背後に何かが当たる。ぱっと振り返れば――そこには、紫司馬が立っていた。服はシンプルな黒いもの。昼間着ていた、黎明学園の制服とは違うが、いくら暗くたって、多少暗闇に目が慣れてきている今、この至近距離なら流石に顔の判断もつく。

 いつの間に。全然、気配がなかった。突然聞こえてきた足音も、わたしに彼の存在を気が付かせるため、わざと立てたのであろう。


「こんばんは」


 深い笑み。彼がいつも浮かべているような笑顔のはずなのに、酷く不気味に見えた。――いや、いるはずのない人間がすぐそこにいたら、どんな表情だって恐怖でしかない。

 玄関からは出られない。ならば、このまま店に出て、店の出入口から逃げるしかないのだが、驚きと恐怖でわたしは完全に固まってしまい、動けなくなってしまった。


 逃げきれない。

 なら、なにか、手あたり次第、適当なものを投げつけて――。


 ――そんなことを考えていたのがバレたのか、紫司馬にその腕を掴まれてしまった。


「あまり暴れないでくださいね。僕は別に貴女を殺しに来たわけでも、乱暴を働きに来たわけでもないんです」


 白々しい言い分。絶対に逃すまいと思っているのか、強くわたしの腕を握るその力からは、圧倒的に敵意しか感じられない。


「ただ……そう、また、少しばかり、記憶を消させていただこうかと」


 ……また?

 何か含みのある言い方に、わたしは違和感を覚えた――が。彼の持つ万道具に目を奪われた。


「モリムラサキの花袋……?」


 モリムラサキの花袋。基本的には紫色の花を咲かせるモリムラサキだが、たまに青色の花を咲かせることがあり、その青い花のみを使って製作する花袋だ。

 モリムラサキ自体がそれなりにレアな花で、青のモリムラサキとなればさらに希少度は跳ねあがる。作るのは左程難しくはないが、素材の入手が非常に困難だ。


 おかげで、前世のゲームではだいぶ初期にレシピを解放したのにも関わらず、だいぶ後半になって作ったし、なんなら今世では一度もお目にかかったことはない。結構な高級品なのだ。

 なぜ、そんなものを彼が。


 そう思ったのも、一瞬だ。

 「記憶を消させていただこうかと」。彼はそう言った。


 モリムラサキの花袋は、一部の記憶しか消せないという難点はあるが、記憶を消すタイプの万道具の中では一番強力なものだ。ふとしたことで思い出す、なんてことはない。万道具の効果を打ち消すための万道具を用いない限り、消された記憶を蘇らせることはできない。


 そう、記憶を消す――一体、なんの記憶を消そうと言うのだ、この男は?

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