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「――……?」
うずくまるように玄関に座っていたわたしだが、ふと、なにか物音がしたような気がして、顔を上げる。
……店の方から?
施錠はしっかりしている。無音で侵入者がくるなんて――いや、ついさっきまで、わたしは心ここにあらず、と言わんばかりに呆然としていた。なにか、不審な物音を聞き逃していたとしてもおかしくない。
わたしはそっと立ち上がり、靴を脱いで玄関から動き出す。ゆっくりと、足音を立てないように気をつけながら。
気のせいだったらいいけれど、誰かいたら普通に危険だ。
夕方に見てしまった赤い光景が、わたしの頭の中で蘇って、心臓がバクバクとうるさいくらいに暴れた。変質者がいたらどうしよう。走って逃げて、透くんの家にまでいけるかな。
変質者がいたら気がつかれないように、と細心の注意を払って、わたしはゆっくりと店へと繋がる扉を開ける。
「――……」
ひとまず、店には誰もいない、ようだ。少し覗いただけだから、死角になるような場所に隠れられていたら分からないけれど、パッと見た限りでは人の気配はない。
気のせいか、とわたしはきょろきょろと店内を見ていると、つい、展示用の魚提灯が目に入る。照明が消えて真っ暗な中、そこだけが明るいので、意識がそっちに向いてしまうのだろう。その魚提灯の中には、魚提灯によく使われる陽光り(ひびかり)メダカが三匹ほど泳いでいた。壁に陽光りメダカが泳ぐ影がちらちらと映る。
その水提灯を見て、わたしは姫鶴から、縁提灯を作成する依頼を受けたときを思い出していた。
――この時期は学園祭があるのよ。……本編だと最初の大きなイベント扱いね。
今回の文化祭は、序盤のイベント……らしい。それならば、攻略キャラがあんなにも死にかけるのは、正規ルートじゃないはずだ。
玄関から動いたからか、ようやく、わたしの頭は少しずつ働き始めた。
実際はどうか知らないけれど、攻略キャラが死ぬ、なんてイベント、ストーリーの盛り上がり方から考えても、普通なら最後のほうに持ってくるものだろう。
となると、どこかで起きた齟齬による、本来ないはずの事件、ということか……?
それに、気になるのは、頭痛を引き起こした時に見えた、あの惨状と似た光景。いや、見えたというよりは、思い出した、というべきか。真っ赤に染まる血の心当たりと言えば、わたしがここに来る前、事故で死んだときのことだが、それにしては、地面がアスファルトじゃなかったような……?
――トン。
「……っひ!」
突然の足音に、わたしは小さく悲鳴を上げてしまった。




