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 今まで聞いたことのない、泣き叫ぶような姫鶴の声。いや、彼女に限った話じゃない。誰かの、こんな悲痛な声を聞くのは、今世でも、ましてや前世でもなかった。

 人をかき分け、人だかりの向こうへ行こうとするたび、彼女の声が明瞭になっていく。


 嫌だ。青慈。――死なないで。


 「死なないで」という言葉にどきり、とするのと、人の波に弾かれ、野次馬の中心部に出てしまったのは、ほぼ同時だった。

 強引に人をかき分けてきたからか、中央に出るとはじき出されるように、ふらつく。


 そうして、ようやく見えた光景は、とても信じがたいものだった。

 石畳の、舗装された地面に広がる血だまり。石と石の間の溝に沿って血が広がっていく。

 血は、姫鶴に抱きしめられた男の腹部から流れている。顔が真っ白になってしまっている男――青慈からはまるで生気が感じられない。かろうじて腹を抑えている手は、真っ赤に染まっている。彼の血は青慈の手と地面だけでなく、姫鶴の服すらも汚しており、明らかに人間が出血していい量を超えているのではないかというほどだ。

 二人の少し後ろには、尻もちをつくような形で、赤希が座り込んでいた。顔からは表情が抜け落ちていて、呆然としているのが分かる。


 じり、と思わずわたしは後ずさった。

 目の前に広がる光景は目に飛び込んでくるのに、どうしてこんなことになっているのか、理解ができないでいた。頭が真っ白だ。


 これほどまでに悲惨な光景は、前世のドラマでしか見たことがない。おかげで、全くリアリティを感じられないのに、ただよう臭いだけは、何故かはっきりとしていた。

 あまりの血生臭さに、吐き気すらこみあげてくる。


「――っ」


 そして、強烈な頭痛がわたしを襲う。それは一瞬のことだったが、頭が割れるかと思うほどだった。

 思わず目をつぶると、瞼の裏に、一瞬、何かが見えたような気がした。


 何か、今と、同じような、赤が――。


「きもち、わる……」


 口元を手で押さえ、吐き気に耐えていると、ぐい、と背後から押しのけられる。

 ひらり、と風になびいたのは白衣の裾。医者だ。

 現れた医者のおじさんは、てきぱきと青慈への治療を始める。しゃがみこんだ彼の背中が遮って、青慈が見えなくなる。


 見たい、と思うような光景ではないので助かった、と言えば助かったが……今更遅い。

 わたしはあまりの気持ち悪さに、限界だった。


「万結、さ――、っ」


 わたしに追い付いたのか、透くんの声が背後から聞こえてくる。振り返れば、倒れていた青慈に負けないくらい、血の気が引いている透くんがいて。


 わたしがこの日、覚えているのはこれが最後。

 この後の記憶は、どうにも曖昧だ。

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