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『――まもなく、後夜祭入場整列が始まります。チケットをお持ちの方は講堂入口までお集まりください。繰り返します。まもなく――』
ナンパ男を撃退してからすぐに、校内放送がかかる。
「透くん、もう少し待ってる? 多分今すぐ行っても混雑してると思うよ」
後夜祭が始まる時間まではまだ一時間ある。ここからだと講堂までは歩いて十分もしない距離だ。下手に放送入ってすぐよりも、少し時間を置いた方が、混雑する人混みをかき分けていく、なんて事態にならなくて済みそうだ。
「――、そうですね」
「……?」
なにか一瞬、透くんが言いよどんだような気がした。何かあったのかな。
「何かまだ気になるものあった? もう出店類はほとんど終わっちゃってるけど……」
「え? いえ、大丈夫です。少し時間をずらして行きましょう」
「そう……?」
透くんをじっと見ても、さっき言いよどんだのが気のせいだったかも、と思えるくらい、普通だった。ううん、時々透くんって、表情が読み取りにくいときがあるんだよね。まあ、わたしの対人スキルが低いから、察することができないのかもしれないけど。
いくら気をつけようとしたって、すぐに身につくもんじゃないし。
人混みが帰る人たちと、後夜祭を見るために講堂へと向かう人たちで分かれていく。すでに夜が近いのに、結構な人数がいる。これは時間をずらして正解だったな。
「ここの講堂、どんな万道具使ってるのかな。楽しみ」
わたしは思わずそんなことをつぶやく。天下の黎明学園だから、結構期待できるだろう。講堂へ向かう人の人数を見ても、かなりのキャパみたいだし。
「透くん的には劇とかの方が気になるよね? どんなのが――」
わたしが透くんに話しかけた瞬間。
どこからか悲鳴が聞こえてきて、わたしの肩がびくりと跳ねた。結構近い。
しかも、何かにつまずいて思わずでてしまった悲鳴、とかではなく、思い切り叫び声だった。
――そして、その声には、聞き覚えがある。
「……姫鶴?」
つい先ほどまで彼女と喋っていたのだ。聞き間違えることもない。なんだか、嫌な予感がして、ざわざわと胸が落ち着かない。
「――、ッ!」
「待ってください、万結さん!」
わたしは、いてもたってもいられず、透くんの静止を聞かずに、悲鳴の聞こえた方へと走って向かう。
ざわざわとした喧騒が、悲鳴の聞こえた方に近付くたび、祭りの楽しそうな会話から、嫌なものへと変わっていく。
壁のような人だかり。不安げな声が集まって、ざわめきとなる。早く医者を呼んで来い、という怒号が聞こえ、人だかりの向こうが見えずとも、誰かが倒れているのだろう、ということはなんとなく分かった。
姫鶴の泣き叫ぶ声と、血の臭い。
――嫌な予感だけが、膨らんでいく。




