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手のひらに収まるくらいの小瓶。中には透明度の高い、少しだけ赤っぽい液体が入っている。瓶から出してみないと分かりにくいだろうが、少しだけとろりと粘度がある薬だ。
朝会ったときに渡すことも考えたが、仕事中に渡すのも邪魔になるかな、と思ったし、客がくるような場所で話し込むのもどうだろうかと、これでも気を使ったのだ。
それに、ゲームのことも話すことになるから、あまり人が近くにいるタイミングで渡すのもはばかられる。今も人は行き来しているけれど、小声で話せば周りに聞こえることもないはずだ。皆、それぞれ自分の会話に夢中だろうし、人が多くて逆に小声での会話はうまい具合にかき消される。
「あら、何かしら、これ?」
「神薬です。姫鶴には、秘薬シリーズの薬、って言った方が分かりやすいですかね?」
「っ!?」
激しく動揺した姫鶴が、小瓶を落としそうになっていた。彼女は慌てながら両手でしっかりとその小瓶を握る。
「え、あ、秘薬、って、え?」
混乱している彼女を他所に、わたしは周囲を確認してから、さらに声をひそめた。
「紫司馬救済ルートが見たいんですよね? とりあえず、救済とのことですから、どんな状況でも生き返らせる方の薬を持ってきました」
『黎明のアルケミスト』の図鑑をフルコンプした者だけが作ることのできる、図鑑に載ることのない、半ば都市伝説化した、伝説の秘薬シリーズ。
ゲームの図鑑に載っていた万道具は全て実在し、作ることができたので、このシリーズもこちらの世界でも本当にできるのかと、こっそり神薬を研究していたのだ。どんな相手でも絶対に殺せる毒薬のほうは怖くて作っていないが、生き返らせる秘薬は問題なく作れた。
毒薬の方も、全く興味がないわけじゃなかったけれど、処理の仕方が分からないし、うっかり誰かの手に渡ったり、蒸発して成分が空中に広がったり、そんなパターンを考えると、とてもじゃないが作れない。
万道具が好きすぎて、他人に迷惑をかける傾向があることは自覚しているが、流石に人間性を全て捨てているわけではないので、その辺のやってはいけないラインは分かる。
毒薬は駄目でも秘薬ならいいか、と思って作ってしまった後に、これはこれでバレたらヤバいのでは、と思ったのは内緒。どんな相手でも生き返る秘薬は、死因がなんであれ、生き返る。老衰は生き返ってもすぐ死んでしまうからあまり意味がない、とゲーム内の図鑑説明にあったけれど、これが量産されたら、医学がひっくり返ることは勿論、犯罪にまで使われてしまうかもしれない、と思い、わたしが作った秘薬はこれだけである。……実験用に、ちょっと多めに作ったけれど、それはもう、使ってしまったので、存在しないと一緒。
別に処分に困っているから姫鶴に押し付けよう、という算段ではない。本当に、うん。昔作って、奥底に眠ってた奴だけど。




