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玄関を開けると、やっぱりそこには透くんがいて。
「――……お、おはよ」
何を言えばいいのか分からなくて、わたしは思わずそんなことを言ってしまった。
いや、馬鹿か?
お待たせ、とか、迎えに来てくれてありがとう、とかあるじゃん。別にただの挨拶だし、おかしくはないけど……すごく、意識してるのがバレるんじゃないかって思ってしまう。
姫鶴が変なこと言うから! その上、こんな服まで用意するから!
いっそのこと、自分から新しい服買ったんだ、って言えば良かったかも。姫鶴が似合うって選んでくれた、とでも言えば、わたしがわざわざ自分の意思でめかしこんだわけじゃないって伝わったかもしれない。
……まあ、今日、これを着ることを選んだのはわたしの意思だけど。でも、ほら、この後、黎明学園の文化祭に行くんだし。姫鶴と会うなら、この間一緒に買った服着てないのバレちゃうし。
「……その服、新しいのですか? 珍しいですね、似合ってますよ」
脳内の姫鶴に文句を言っていると、透くんがそんなことを言ってくれる。その声音は、わたしの動揺した情けない挨拶よりしっかりしていて。
なぁんだ、やっぱり姫鶴の勘違いじゃん、透くんがわたしのこと好きだなんて絶対嘘じゃん、と彼の顔を見て――わたしは固まった。
幼馴染で、昔から一緒にいて。褒めてくれることなんて珍しくないから、彼がわたしを褒めるのを正面からしっかり見るのは久々だった。久々だったのに――昔と、全然違う。
爽やかで明るい、誰にでも、それこそお客さんに見せるようないつもの笑顔と全然違う。
優しくて、温かいほほ笑み。
わたしが想像していた彼の笑顔と、今目の前にいる彼の表情が全然一致しなくて、わたしの頭は真っ白になってしまった。
――鈍感にも程があるでしょ!
そんな中、わたしの頭の中に響いたのは、あのときの姫鶴の言葉だった。
鈍感――鈍感?
あのときは、絶対にそんなことないって笑い飛ばせたのに。今、彼の表情を見れば、そうじゃないのかも……? という気になってしまう。
わたしが普段着ないような服を着て、やらないようなメイクをしていて、既に緊張しているからそう思ってしまうのだろうか?
「……店長? どうかしました? 体調悪いんですか?」
「な、なな、なんでもないよ!」
気が付けば、透くんはいつもの彼に戻っていた。仕事中によく見る、普段の透くん。
――そ、そうだよね。わたしが鈍いなんてこと、あるわけないじゃん。
やっぱりきっと、姫鶴の勘違いなのだ。
わたしは自分にそう言い聞かせて、玄関の鍵を閉めた。




