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「――じゃあ、えっと、今度こそ本当に帰るね」


 わたしは立ち上がって、持ってきた修理道具を拾い上げる。


「あ、お、送っていきま――っくしゅ!」


 わたしがどいたことによって起き上がれるようになった透くんが慌てたように言うが、言葉は最後まで発せられることなく、くしゃみにかき消されてしまった。


「一人で平気だよ。すぐそこだし。髪、濡れたまんまなんだから、早く乾かすなりお風呂入りなおすなりしないと」


 湯浴炉の安全装置が働いていたということは、彼は水を浴びて髪を濡らしているに違いない。秋の気候なのだ、冬ほどではないけれど、油断していると風邪を引いてしまう。

 それを彼も分かっているのだろう。迷う様子こそ見せたものの、「すみません、お言葉に甘えます」と言ってくれた。夜で暗いけれど、街灯はあるし、人の目がないわけでもない。暗い夜道を一人きりで歩くというわけでもないのだ。


 この世界、基本的には平和だしね。なんか暗殺だとか死ぬバッドエンドだとか、不穏なワードは姫鶴から聞いてはいるけれど、犯罪が横行しているほど治安が悪いわけでもない。女一人、夜道を歩いても何事もないのが当たり前なくらいには治安がいい。


「明日は業者に連絡してからの出勤でいいよ。早く体温めてね」


「店長こそ、早く休んでくださいよ」


 わたしを心配する透くんの言葉に「分かってる」と言葉を返して、わたしは彼の住む家を後にした。


 家を出て夜道を歩くが、全く人通りがないわけではない。仕事帰り風の人が何人かいるのが視界に入る。やっぱり、透くんに送ってもらわなくても大丈夫だったね。


「――ふぁ」


 多少人がいることに気が抜けたのか、あくびが思わず出てしまった。

 早く帰って、わたしもさっさとお風呂入って寝よう、と思っていると、ふと声をかけられる。


「――こんばんは」


 声がした方を見れば、一人の男性が――紫司馬が立っていた。

 思いもよらない人物に、わたしは目をまたたかせて驚いたが、なんとか「こんばんは」と挨拶を返すことができた。


 ……学生が、こんな時間にこんなところで何やってるんだろう。黎明学園の寮の門限が何時かは分からないけれど、こんなところにいて大丈夫なのかな。あそこ、全寮制だから、彼の自宅がこの辺りだとしても、帰省時期でもない今、ここにいるわけないと思うんだけど。


 わたしが不思議に思っていると、その考えが紫司馬にも伝わったのか彼は言った。


「ふふ、寮を抜け出して、ちょっと散歩に来ちゃいました」


 いたずらっ子のように、にんまりと笑って。

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