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「――それにしても」
姫鶴は辺りを見回し、誰もいないことを確認してから、声をひそめて、わたしの耳元でひそひそと話始める。
「さっきはびっくりしたわよ。急に紫司馬の話を始めるんだもの」
「あー、やっぱりまずかったですか?」
分かってるなら控えなさいよ、とでも言いたげな姫鶴に、「言ってからなんとなく察しました」と言う。
「まあ、そんな気はしたけど」
姫鶴は溜息を吐いた。わたしが、紫司馬をゲームに登場するキャラクターだと気が付いていないことに、向こうも察したのだろう。というか、いい加減、わたしが、『黎明のアルケミスト』のプレイヤーでありながら、ストーリーパートに関する知識がごそっとないことに分かったらしい。
「流石に世界観や用語を知らない、ってことはないと思うけど。キャラクターに関しては知識がほぼないって思うことにしたわ」
それが正解だと思う。偉ぶって言えないことだから姫鶴の言葉には何も言い返さず黙る。
「で、どんなキャラなんです?」
わたしも、自分でもう一度周りを確認してから姫鶴に聞いた。電話のような万道具はあるけれど、姫鶴の連絡先は知らないし、仮に知っていても、基本全寮制の学園に通う姫鶴と個人で連絡を取るのはちょっと難しそうだ。
聞けるタイミングのうちに聞いておこう、とわたしは姫鶴に紫司馬という人物がどんなキャラなのかを聞くことにした。
「紫司馬は、赤希ルートから分岐することでエンディングが見られる隠し攻略キャラなんだけど……」
紫司馬という人物。
メイン攻略である赤希の親友であり、真面目でインテリ系のキャラらしい。彼のルートはあるものの、エンディングは一つで、バッドエンドにしか思えないようなものなのだそうだ。
学園では優秀な成績を修め、親友の赤希とニコイチ扱いをされているが、実体は暗殺を生業とする一族の者らしい。暗殺とかいう概念あったのか、あのゲーム。制作会社が製作会社だし、ストーリーパートもほのぼのした感じだと思ってた。
わたしからすると違和感しかないのだが、ストーリー本編をしっかりクリアしている姫鶴にとってはさほどおかしなものじゃないようだ。
いや、でも、確かに、本来は悪役令嬢の姫鶴が破滅したり死亡したりするのであれば、それなりに殺伐とした話だったのかも。
いまではその本編を確認することは不可能なのだが。
そして、そのエンディングでは、赤希が紫司馬に殺されてしまう。……同時に、紫司馬の心も壊れてしまう。
暗殺業をする傍ら、赤希と共にいて、彼との友情が深まるたびに、殺しがたくなる。そんな相手を殺害してしまい、絶望する。心が壊れてしまった紫司馬を慰めるようにヒロインが抱きしめるスチルで話は終わるのだとか。




