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店に入ってきたのは赤希でも詩黄でもなく、近所の常連さんだった。彼はゲームに関係ない人物、と言ってしまえばそれまでかもしれないけど、わたしにとってはごくごく身近な人物だ。聞かれていてもセーフ、とはならない。
全寮制の黎明学園に通う姫鶴はこの辺に住んでいないだろうからいいかもしれないが、わたしにとっては十二分に死活問題。
「そ、それじゃあ縁提灯、よろしく頼むわね。来週までに!」
「は、はいっ! 承りましたっ」
そそくさと帰る姫鶴と、慌てて見送るわたし。挙動不審だが、常連である知守さんは少し首を傾げただけでそこまで気にしないでいてくれたようだ。
姫鶴が出ていくと、知守さんが「修理頼める?」と万年筆を取り出してきた。
わたしは気持ちを切り替えて、知守さんの万年筆を受け取った。ちゃんと仕事しないと。
「これは……ああ、昼隠筆の方ですか」
透明になっているペン軸を軽く動かし、中で揺れる洋墨を確認する。
「また洋墨が詰まったのか文字が掠れるようになっちゃって」
「ちょっと確認しますね」
わたしは適当なメモ用紙をカウンター端から取ると、さらさら~っとペンを走らせる。真っ白なままの紙を光に透かした。昼隠筆だったら、本当は日光に当てて確認したいところだけど、照明道具でも一応文字を見ることは可能だ。
日光に当てることでようやく文字が見れるようになるのが昼隠筆。しかし、この昼隠筆で書かれた文字は、確かに掠れて見えた。読めないことはないけれど、これでは不格好だ。ラブレターとかにこっそりと秘密の言葉を忍ばせるための洋墨なのに、こんなガサガサになっていたら印象も悪くなるだろう。
「確かに、文字が掠れてますね。でも……多分、洋墨詰まりというよりは、ペン先が歪んでるからかもしれませんね」
わたしはペン先の角度を変えながら注視する。ペン先が若干、内側に入っているように見えた。露骨に曲がっているわけじゃないから、微妙に掠れた文字になったんだろう。
「床とかに落としました?」
「いや、落とした覚えはないなあ」
記憶をたどっているのか、知守さんはあごをかきながら目線を上にやっていた。
知守さんは手入れをマメにする人じゃないようで、たびたびこの昼隠筆を「洋墨を詰まらせた」と言って修理に持ってくる。それでも、長く使っている素振りだったから、今更力加減を間違えた、ということもないだろう。
「じゃあ、誰か別の、昼隠筆を使い慣れていない人に貸したとかは」
「そんなはずは……」
と、言ったところで、知守さんは口ごもった。心当たりがあるのか。
「――女房が勝手に使ったのかもしれねえな」
そう言った知守さんの声は非常に低く、怒っているのがすぐに分かった。




