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「――ああ、逃げるのは諦めたのか」
未だに平衡感覚へのダメージが残っているのか、少しふらついている紫司馬に、わたしたちは見つかった。見つかった、というよりは、彼の前に出たのだけど。
ふらつく足取りとは裏腹に、彼はまっすぐわたしと透くんを見ている。
「取引をしましょう」
わたしの言葉に、紫司馬が「はぁ?」という声を上げた。間抜けな声音ではなく、わたしたちを心底馬鹿にしているようなそれ。
「今更、なんの取引だってんだよ。さっさとオレに殺され――」
「わたしが、貴方を逃がしてあげる」
すっかり口調が崩れた彼の言葉をさえぎるように、わたしはお腹から声を出して、彼に話しかけた。
「貴方がわたしたちを見逃して、二度と危害を加えないというなら、わたしが、その、暗殺一族とやらから逃がしてあげる」
最初は何を言っているんだ、と言わんばかりの表情だった紫司馬だったが、わたしが苦し紛れの一手でそんなことを言っているのではない、というのが伝わったのか、段々と真顔になっていく。
「む、無理に決まってるだろ」
「無理じゃない。わたしは、その辺の万道具創師より、ずっと多くの万道具を作れる。……貴方を別人に仕立て上げるようにするくらい、なんとかできる」
ゲームの中の万道具が、この世界全ての万道具というわけではない。ゲームに出てこない万道具は存在し、日々発明されていく。
それでも、ゲーム内の万道具は、決して、現実の中のごく一部、と言えるような量ではなかったし、ゲーム内に出てこずとも、ゲーム内の万道具の発展形とも言えるものも多い。
そして、それらの万道具の作り方、素材、全て頭の中に入っているのだ。
「――……、聖匙は?」
「作れる」
聖匙。どんな毒物でも、その匙で食べれば毒が無効化される匙。
今、この場には直接関係ないけれど、素材の管理が難しいため素材そのものが高く、上手く作れるほど練習できるほど金がある万道具創師は滅多にいないため、作れる者は非常に少ない。素材が高いから、量産はできないけど、ゲーム内のミニゲームと似ていて、作ること自体は難しくない。……デザイン性があるものを、となると話はまた変わってくるけど。
「まどろみ香は」
「つ、作れる」
まどろみ香。意識を混濁させるお香系の万道具。
作るのも所持するのも資格がいるタイプの万道具だ。まあ、わたしはその視覚を持っていないから、堂々と作れると言っちゃいけないんだけど、今は見逃してほしい。命がかかっているので。ちなみに、一度試しに作ってから、ちゃんと破棄していて、今は現物が手元にないからセーフ。バレたらアウトだけど。
「かばね鈴」
「ま、まあ……作り方は知ってるから、作れると、思う……」
流石に言いよどんだ。
かばね鈴は、その鈴の音を聞かせた死体が動くという、激ヤバ万道具だ。素材に違法薬物や禁制品が何種類かあるから、合法的には作れない。開発された当時は合法素材だったのにね。ゲーム内に登場するものだから素材さえ手に入れば作れる。ちなみに、ゲーム内でも危険物扱いされていたから、ストーリーに登場するというマークは図鑑になかったし、これを作ると『狂制作者』という称号を手に入れることができる。
というか、よくもまあ、かばね鈴なんてマイナーかつ違法万道具を知っているものだ。そこは流石、裏社会に生きる人間、と言うべきなのだろうか。




