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何か――何か、ないか。
わたしは慌てて、持ってきた鞄の中身を探る。何かに役立てるために持ってきたのだ。姫鶴と迷子になったときに、万道具の素材の少なさ、道具の少なさに困った。いつも、採収をするときに使っている鞄があれば、って悔いた。
「――、透くん、これっ!」
わたしは鞄の中に入れっぱなしだった木の実を彼に渡す。手の中に握り込めるくらいのサイズのそれは、知守さんから昼隠し筆の修理依頼を受けたときに採収して、使わなかった分を鞄の中に入れたままだったのだ。
透くんにそれを渡すと、わたしの言いたいことを、みなまで言わずとも分かってくれたらしい彼は、わたしからそれを受け取り、ぐっと強く握りしめた。かつて、彼も万道具を作っていた人間だから、わたしの意図が分かったのだろう。
木の実の中にある種の部分が昼隠し筆のペン先を作るのに必要なのだが――木の実は木の実で、別の効果をもたらす。そのままでも、不思議な効果を発揮する、万道具の素材のうちの一つ。
女のわたしの手のひらにもすっぽり収まって隠せるサイズだ。一瞬のやりとりでは、わたしが透くんに何を渡したのか、紫司馬からは見えなかったのだろう。
――それが、彼が後手に回る原因になった。
「――ッ、それ!」
透くんは勢いよく木の実を紫司馬の方向に向けて投げつける。
「なにを――ッ、ぐっ!」
パパパ、ととてもじゃないが、あのサイズの木の実から聞こえてくるとは思えないほどの音量で破裂音を立てながら、木の実は弾ける。あの音を直に聞くと、平行感覚がちょっとばかり、おかしくなるのだ。わたしと透くんはすぐに耳を塞いだからセーフ。
紫司馬がふらついたのを見て、透くんが一歩前に出る。
いや、意図、伝わってなかった! これで殺しやすくなる、ってわけじゃないんだよ!
わたしは慌てて、彼の腕にしがみついた。
「透くん、一旦逃げるよ! 殺すのは、駄目だって!」
「でも――」
「いいから!」
逃げたところで紫司馬が追ってくるのは分かりきっている。でも、透くんを止めるには、一旦仕切りなおすしかない。
別に、逃げ切るつもりはない。ただ、一度、透くんを冷静にできればいい。
「殺さずになんとかする方法を考えるの! そのための逃げ、よ!」
殺さずに、というわたしの言葉に、透くんの瞳が揺れた。彼だって、殺さずにすむのなら、そうしたいに決まっている。
もう一度、彼を引っ張るようにして動けば、今度の透くんは抵抗しなかった。
「――クソ、待てッ!」
少し呂律の回っていない紫司馬の叫びを背後から聞きながら、わたしたちは逃走した。




