表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
113/129

113

「――貴方が、本気で逃げ出そうとしなかったからです」


 そう言った透くんの表情は、彼の後ろにしゃがみこんだままのわたしには見えなかった。

 透くんの言葉に、ビタリ、と紫司馬は動きを止める。


「なん、だよ、それ……ッ! オレだって、逃げれるものなら――」


「僕は、誰かを殺すくらいなら逃げたかったし、逃げられないなら死んでよかった」


 息を荒げて、怒りに興奮する紫司馬とは対照的に、透くんは静かに言った。先ほど怒鳴っていたのが嘘のように。


「確かに、僕は運が良かった。功甲こごうさんに引き取られたのは運でしかない。でも、その運を掴んだのは、文字通り死ぬ気で逃げようとしたからだ」


 功甲。祖父の名前だ。

 結局、祖父はどこから透くんを引き取ってきたのか、死ぬまで口にしなかった。透くんも、きっと、こんなことが起きなければ、一生黙っているつもりだったんだろう。

 そりゃあ、軽々しく人に言えるものではない。殺しの一族の出身だなんて。


「でも――不思議なもので」


 透くんはゆっくりと立ち上がる。いつのまにか、透くんの手には、ナイフがあった。さほどサイズの大きいものではない。なんなら、わたしが万道具を作るときに使う短刀の方が大きいくらいだ。けれど、場所によっては十分殺傷能力を発揮できると思う。

 いつのまに。わたしが彼を引っ張ったときには、彼の両手には、何もなかったはずなのに。


「昔は、死んでも逃げたかったはずなのに――今は、殺してでも守りたいものがある」


 透くんが持つナイフの切っ先は、まぎれもなく、紫司馬の方を向いていた。

 紫司馬の方を見れば、すでに向こうも臨戦体制。先ほどまで涙目で地団駄を踏み、悔しがっていた人間とは思えないほど、すっと無表情でこちらを見ていた。

 ちりちりと、首の後ろが痛くなるほどの緊張感。前世と、子供の頃。死を体験し、死を最も近くに感じたことがあるにも関わらず、ここまでの殺意は初めてだった。


 逃げられないくらいなら死んでよかった。


 その透くんの言葉に、嘘も誤魔化しも感じなかった。あれはきっと、まぎれもなく、彼の本心なのだろう。

 その透くんは、今、紫司馬を殺すことを考えている。わたしを、守るために。

 今までの紫司馬の行動を考えれば、今ここで彼から逃れられたところで、彼は体制を建て直したら、わたしと透くんを襲うために再びやってくるだろう。それこそ、何度でも。


 でも――嫌だ。

 死んででも殺しから逃げたかったと透くんが言ったのなら、わたしは、その感情を、捨てさせたくない。


 透くんが、誰かを殺すところなんて、見たくない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ