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けほ、とお腹への衝撃にびっくりして、軽くわたしは咳き込んだ。
その咳き込みで、腹がひきつるように激痛が走ったのを覚えている。
恐る恐る、お腹を見てみれば、何かが生えていた。なんだ、これ。え、なんで生えてるの? おかしくない? だって、お腹だよ?
パニックになりながら、状況を理解しようと腹部を見ていると、ぬ、と手が伸びてきた。
あ、と声を出すより先に、腹に生えた何かが、男の子の手によって引き抜かれる。血をまとってきらめく刃先。ナイフだ、と思ったけれど、それが言葉にはなることはなかった。
「う、あ、あああ!?」
代わりに出るのは、まとまりのない、言葉にならない叫び声。
痛い、痛い。
わたしはその場にしゃがみ込む。思わずお腹を押さえたが、あふれる何かは、わたしの体から出て行ってしまう。
目の前に広がる赤が、わたしの呼吸と思考を奪っていく。
まずいやつだ。
ばち、ばち、と前世の、事故で死んでしまったときの記憶が思い出される。死んだ。あのときと、同じ感覚がする。
「透と一緒にいるのは、貴女でしょう?」
どうして透くんの名前を知っているの。
不思議に思ったけれど、わたしは彼に聞くことができなかった。そして、その疑問すら、持ち続けていることが難しくなる。痛みで思考が鈍る。死ぬかもしれないという恐怖で呼吸が早まる。
必死にお腹を押さえてみるけれど、所詮は幼児の手だ。あふれ出てくる血を止めることなんてできやしない。
そして、こういうときに限って、わたしは何も、応急処置に役立つような万道具を持っていない。
普段、祖父から、一人で森に入るなら、助けを呼べるものや応急処置をできる万道具が入った鞄を持っていきなさい、と言われていたのに、今日は持ってこなかった。
透くんと喧嘩をして、怒りのままに薄暮の森へ足を運んだからだ。
「透だけ、うまく一族のしがらみから逃げやがって。あいつばかり、隣にいてくれる人がいるなんて。妬ましい、うらやましい!」
男の子が、引き抜いたナイフの柄を握りなおすのが見えた。
あ、これ、死ぬ。
死んだときのことがフラッシュバックするとか、そんなレベルではなかった。
一度死んだことがある経験者が断言できる『死』が迫っていた。
「オレだって――!」
何かを言いかけた男の子は、わたしの口の中に何かを突っ込んだかと思えば、無理やりにそれを飲み込ませた。痛みと恐怖で抵抗する気も起きない。されるがまま、何かはわたしの喉を通っていく。
「な、に――」
頭に霞がかかる。口に広がる、強烈な苦味と酸味。
ぶつぶつと、狂ったような声音で、うらやましい、妬ましい、畜生、あいつばっかり、という言葉が聞こえてくる。
しかし、もう、限界だ。聞こえてくる男の子の声は、どんどん遠ざかっていく。
起きていられない。
ふ、と暗転したわたしの意識。最後に、わたしの名前を呼ぶ、誰かの声が聞こえた気がした。
――そうして、次に目を覚ましたとき、わたしは布団の上だった。泣き崩れる男の子に、「誰?」と聞いたら、余計に泣かれてしまった。
「ごめんね、次は、僕が、守るから。絶対、守るから」
そう言いながら、彼は――透くんは、わたしの手を握りしめた。




