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誰かに殴られたのではないかと思うほどの強い痛み。
「い、っつ……ぁ、あ、痛い、痛い!」
痛みに耐えきれなくなったわたしは、その場にしゃがみ込む。ゆっくりと後ろを振り返るが、誰もいない。わたしを殴った人は、いないのだ。
『――――』
「え?」
誰かの声が聞こえた気がした。
幻聴と共に、頭の痛みは引いていく。まだ、痛みが残っているような感覚がして、心臓がばくばくと暴れているのが分かる。
そんな心臓を押さえるように、胸のあたりを、服を巻き込むようにしてぎゅっと握りしめた。
――誰、誰の声だった?
幻聴の声を、わたしは必死になって思い出そうとする。どこかで聞いたことのある声。
絶対、覚えのある声だ。
わたしは、この声の持ち主のことを思い出さないといけない。
そんな強い意思がわたしの中に芽生えていた。
いつもわたしの傍にいて、わたしの名前を呼んで、万道具ばかりにかまけていたわたしを、ずっと見ていてくれた――。
「――――透おにいちゃん?」
わたしの口から、するり、と知らない人の名前が零れ落ちる。
『透』。
店の伝票の、担当者欄に書いてあった名前。わたしにこの大判焼きもどきを渡してくれた彼女が口にした名前。
――透。
その名前を持つ、彼の顔がハッキリと頭に浮かんだ途端に、ぶわ、とわたしの中で、記憶が、断片的に思い出される。
そうだ、わたし、これ、嫌いなんだ。
焼き印のシはきっとシルビオンのシ。昨日、わたしが食べられないって言っていたのを、彼女――姫鶴は覚えていたんだ。
だから――昨日、学園祭のときに買ったものにはついていなかった印がついているんだ。わたしが、間違えて食べないように。
『オレンジ シ』と書かれた、その味は――。
「シルビオン……」
シルビオンは、記憶保持と記憶蘇生の万道具に使われる薬草。
記憶を、蘇らせる、為の――。
わたしの歯形がついたシルビオンの小金焼にかぶりついた。
まずい、おいしくない。――でも、そんなこと言っている場合じゃない!
一つ食べ終えるときには、ほとんど、思い出していた。
前世の知識を駆使してお店を開いていたこと、そこには透くんがいたこと。姫鶴と友達になったり、姫鶴に夢中な攻略対象を見かけたり。
――あの夜、あの男に……紫司馬に記憶を消されたことも。
紫司馬を、どこかで、見かけた、なんて。
ずっと、公式サイトのキャラ紹介で見かけたのだろうと、勘違いしていた。いや、そこに、紫司馬がサブキャラクターとして説明されていたのは事実だけれど。
でも、そうじゃない。わたしが、彼を知ったのは――。




