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~最終章・守屋の夏 Another Ver.〜

「十七歳・残された日々 Another Ver.」

(https://ncode.syosetu.com/n7857ft/)

のその後に続くシーンです。

 だからって……。

 俺にどうしろって言うんだよ……。

 あれ以上、俺に何ができたんだ。俺は……。

 どうして俺の言葉をどうして信じられなかった────── 


 冷え切った空気の中で、俺は片膝をつき、頭を抱えたまま一人取り残されている。

 真夏だというのに薄ら寒いのは、本当にエアコンのせいだけなのか。その機械音と、外からの喧しいほどの蝉の声を聴いている、この季節に俺は再び独りになった。


 忌まわしい季節────── 


 あの夏からようやく解放されるのかもしれないと信じていたのも束の間、あいつもまた俺の腕の中からするりと離れて行ってしまった。


 追いかければよかったのか。

 無理にでも抱き締めて離さなければ、あいつは俺を信じられたのかもしれない。

 強引に組み伏せてでもあいつを────── 

 しかし、俺の躰は動かなかった。

 俺は立ち去るあいつをただ、見送ってしまった。

 俺は……。


 応えることも知らずに震えるだけのあいつを、俺は一体どういうつもりで抱いていたのか。

 固い板張りの床の上で、俺の躰の重みを一心に受け、抗いながらも堪え切れないように吐息を漏らす神崎が、俺にはただ愛しかった。二年の頃よりもやや痩せたようなあいつの顔を見つめながら、俺は確かに神崎を見ていたはずだった。


 なのに────── 


 “あなたは玲美さんを忘れられないでいるだけよ”

 どうして、あの言葉をすぐにも否定してやれなかったのか。

 俺にも自分の心理がわからない。

 “玲美さんを愛するよりも前に私のこと愛してくれていたら……”


 何が言いたい。

 どうしてそんな顔をする、神崎……!?


 抑えきれずに再び口唇(くちびる)を奪おうとした俺を、弾かれたように拒んだ神崎を、俺にはどうすることも出来なかった。

 俺を責めた神崎。 

 もう全てが遅いと言いたげに……。


 恐らくはあいつの初めての口唇(くちびる)を奪っておきながら、他人のまま別れ、知らぬ気に時を送ってしまっていたのは、この俺だ。

 玲美の面影と神崎の涙とが微妙に重なり合って、俺は自分の気持ちに自信がなかった。

 しかし結局それ故に、俺は神崎が最も俺を欲していた時をただ見過ごしてしまったことになるのだろう。


 あいつは今頃、一人家路についているのか。

 一歩一歩、俺の家から遠ざかってゆきながら、一体何を考えている。夕暮れ迫るこの部屋で、俺はまだ動けずにいるのに。

 玲美をまだ忘れてはいなかった俺を、神崎は女の直感で見抜いてしまったとでもいうのか。


 けれど。

 けれど、俺は確かにあの時、あいつを抱いていたんだ。

 玲美じゃない、れっきとした神崎という一人の女を、俺は愛していたんだ。

 それすらもあいつは、とうとう信じることができなかったというのだろうか。


 神崎……。

 思いを馳せれば、何故かあいつの涙ばかりが目に焼き付いている。

 気の強そうな顔をしていながら、あの秋の日の放課後も冬の夜も、俺にはその女の素顔を晒していた。


 いつも泣いてばかりいた神崎────── 


 夏は俺を裏切ってばかりいる。

 愛する者はいつも俺を一人、置き去りにしてゆく。

 愛して、愛されながらどうして、俺たちは結ばれることができなかったのだろう。愛していることに気がついた時にはもう、何もかも手遅れだったというのか……。

 取り残された部屋で一人、俺は考えを巡らせる。


 神崎と俺とは、再び他人同士に戻るだろう。

 薄暗くなりかけている、確かにあいつを抱いていたこの部屋の中で、俺は予感にも似たその想いを感じていた。

 あいつは俺を断ち切り、俺もまた追いかけはしなかった。何が悪かったのか、今更考えてみたところでもう遅すぎる。 

 愛していながら俺たちは、お互い背を向けてしまった。

 そんな愛の結末に、あいつも俺も、暫くの間は苦しまなければならないのかもしれない。


 夏は続く。

 俺たちの最後の夏。

 それは哀しい想いに彩られながら、三年前のあの夏と共に、いつまでも俺の中に残ってゆく。

 そして、神崎の胸の中にもきっと……。


 もう陽が落ちかけているのに、蝉はまだ鳴いている。今日も炎暑だった。この真夏日はまだ当分続くだろう。明日もまたどれほど気温が上がるだろうか。


「さよなら、玲美……」


 今まで決して口にすることができなかったその言葉を、俺は静かに呟いてみた。


 一人でも、これからもずっと俺は生きてゆくよ。

 今度こそ、お前を忘れて。

 いつかまた、誰かを愛せるように……。


 そうして俺は、玲美との想い出をいつしか風化させてゆく時の流れにただ身を委ねながら、いつか悪夢の夏から目醒める朝をじっと待つのだ。


 玲美の面影も、神崎の涙も、いつか忘れてしまえる時を────── 



  了





明日からまた、守屋がメインキャラの


青春群像劇「十七歳は御多忙申し上げます【完全版】」の

( https://ncode.syosetu.com/n3682fj/ )


続編「十八歳・ふたりの限りなく透明な季節」

(https://ncode.syosetu.com/n1757ft/)


の連載を再開します。


今週末に、本作「守屋の夏 Another Ver.」の続編短編を投稿予定です。


よろしくお願いします(^^)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 守屋を中心としてのストーリーですね。 家庭環境もあるのでしょうけど、人を本当に愛せないキャラクターで自分本意のまま。でも人からは愛されたいという欲求。 行動的には軽蔑されるような人物ですが…
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