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由弘のパンチ

「ヒロ、何で来なかったんだよ。電話しただろ、ちゃんと。タカもサエも集まったんだぜ」


 夏も終わりに近づいた頃、ベースを肩にした由弘が、俺の部屋を訪ねてきた。


「そりゃレイがあんなことになっちまって、俺たちもショックだったけどよ……」

 俺の前のあぐらをかいて座りながら、由弘は呟いた。

「淋しいもんだよな、レイのヴォーカルがないと……。その上、今日はお前まで抜けちまってて練習にゃならなかったよ。もっともみんな冴えねえ顔で、元からレンシューする気なんてなかったみたいだけどな」


 由弘の不必要に明るい言葉を、俺は黙って聞いていた。


「で、三人で話し合ってみたんだけどさ。とりあえず、ヴォーカルはテキトーに交代しながら様子見ることにしようって。今までだってお前とレイのデュオとかやってたんだし、できないことはないだろうって」

「……お前ら。まだやる気なのかよ」

「まだって。そりゃ、俺たちもう受験だけど、今年一杯は続けよーって言ってたじゃん」

「んなこと言ってんじゃねーよ。玲美のいない「CHINAチャイナCLUBクラブ」なんてどうしようもねえだろ。俺たちのバンドはあいつの書く曲とヴォーカルが売りだったんじゃねえか」

「レイは……歌う時は人が変わってたもんな。元気一杯って感じで、普段の可愛いらしさかなぐり捨てて、メチャ迫力で──────」


 そこまで言いかけて、由弘は顔つきを変えた。


「ヒロ、まさかお前。バンド辞める気かよ」

 何も答えない俺に、「嘘だろ」と由弘は俺の顔を覗き込む。

「俺たち、結構イケテたじゃん。レイだってあいつ、本気でロックフェス出る気だったんだぜ、わかってんだろ。残った俺らだけでもレイの夢、叶えてやろうって気、ないのかよ?!」

 由弘は俺に詰め寄って来る。


「触れないんだよ。俺……」

 俺は両の拳を見つめた。

「握れないんだ、ギターが」

「ヒロ……」

「どうしても……。どうしたって俺、もう何も弾けやしないんだよ……!!」


 今の俺には、部屋に置かれている愛用のギターを見ることすら、耐えられない。

 最後に俺の音を聴きに来た玲美の姿が浮かんできて、俺はその幻影に苛まされるのだ。

 ピック一本にさえ玲美の想い出が漂っていて、俺にはそれに触れる勇気がなかった。


「もう……俺は。二度とらない」

「ヒロ!?」

「辛いんだよ。チャイナにはあいつとの想い出がありすぎる……。元々あいつが言い出したバンド結成だしな。玲美がいなけりゃ、チャイ・クラは終わりだよ……」


 今では由弘も鷹司も俺だって、バンド活動は相当マジだった。

 家でもガッコウでもいい加減な俺たちが、バンドの練習だけはめいっぱい完全燃焼しているのを知っていながら、俺はそんな結論を出していた。

 そんな俺を由弘は黙って見つめていたが、不意にその言葉を投じてきたのだ。


「お前。サエと何かあったのか」

「何でそんなこと聞くんだよ」

「サエの様子が変だったんだよ」

「それが何で俺と関係あるの」


 俺は素知らぬ顔をする。


「レイの葬式の帰り、あいつ。お前んに行ったんだろ」

「何言いたいんだよ。由弘」

「あいつは……サエは。お前が好きなんだよ」

「だから?」


 そう問い返した俺に、由弘は険しい目をして俺にその言葉を吐きかけた。


「やったことはちゃんと責任取れよな、男はよ」

 由弘の目は明らかに俺を責めている。

「泣かせるなよ、サエを」

「何でお前がそんなこと言うんだよ」

「許さねえからな、絶対」


 由弘は一方的に言葉を続けた。


「今までだってあいつは、お前とレイの陰で泣いてきたんだ。同じバンドで、親友の彼氏に惚れて。それでも今まで揉め事起こさないようにあいつは、必死で耐えてきたんだ。あいつの気持ちもわかってやれよ……」

「それでお前も耐えてきたって言いたいのかよ」


 俺は白けた声を出していた。


「関係ないね、俺には」


 そう言った次の瞬間。

 俺は由弘の拳をまともに左頬にくらっていた。


「お前の言う通り、チャイナはもう終わりだよ」


 その一言を残して、由弘は俺に見向きもせず部屋を出て行った。

 俺は床に倒れたままごろりと仰向けになり、虚空を見つめている。

 由弘のパンチは予想外に効いた。

 奴の想いの丈全てをぶつけた一撃だったんだろう。



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