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4 吉川美里

 カラランと低めの響く音を鳴らすベルを見て、先日から使うようになった新しい牛乳の濃さを思い出した。こっくりした牛乳を使いパンを作るとやはり味わいが深い気がする。

まずまずの出来栄えだと思うパンを見ながら美里が出てくるのを待った。


「こんにちは」


 すぐに美里が出てきた。


「あら、フミちゃん。いらっしゃい」


 今日も美里は綺麗な髪をふんわりと肩にかけ、薄いブルーのゆるいラインのワンピースに白い透かしレースのあるカフェエプロンを身に着けていた。おそらくフミより十歳は年が上であろう彼女はそんな乙女チックな装いが若作りでもコスプレのようでもなく似合っていた。不思議の国のアリスが成熟した女性になったらこんな感じかもしれないなとフミは憧れるような気持ちで美里を眺めた。


「あの。これ。どうぞ、食べてください」


 自宅で焼いてきたバターロールの入った茶色の紙袋を渡した。


「あら。いい匂い。どうしたのこれ?フミちゃんの手作り?」


 コクリと頷いて

「私、そこのスーパーの中の『パインデ』に勤めてるんです」

 と、説明をした。


「ああ、そうなの。私もそこのパンよく買うのよ。でもフミちゃんのこと見たことないわね」

「私作るほうなんで店先には出ないんです」

「職人さんなの?すごいわねえ。私はそういう方面ダメだったからうらやましいわ」

「そ、そんな。美里さんはこんな素敵な空間を作ってるじゃないですか。こんなお店来たことないです」

「ふふ。ありがと。お茶入れるから座って。一緒に食べましょうよ」


 美里に促されテーブルに着いた。座って店内を眺めると優しい雰囲気に癒されていくようで時間もゆっくり流れていくようだ。木のボウルにパンが入れらて、素朴な肌色の無地のティーカップと一緒にテーブルに並べられた。


「優しくていい香り」

「あまり香りが高いとパンがもったいないからミルクティーにしたの。お砂糖入れる?」

「いえ。ありがとうございます」


 にっこりと美里は笑ってふんわりとカップを手に取り紅茶を啜る。一連の滑らかな動作に見惚れながらフミも紅茶を飲んだ。


「美味しいわねえ。お店のも美味しいけど、フミちゃんのパンもすごく美味しいわね」


 褒められてフミは照れた。そして改めて先日の礼を言うことにした。


「先週はありがとうございました。おかげであんまり落ち込まなくて済みました。弘樹さんにもお礼がしたいんですけど、どうしたらいいかなと思って」

「気にしなくていいのよ。まあ弘樹もこの前は雨だったからちょうど仕事がなくて暇だったんじゃないかな」

「雨だと暇なんですか?」

「うん。あのこは山仕事やってるから雨だと作業がないみたいね。まあ道具とか点検したりするらしいから遊んでるわけじゃないらしいけどね」

「山仕事ですか」


 あまりよく知らない仕事なので首をかしげていると

「木を育てて切って売るのかな。製材とかやってるかはしらないけどね。キコリっていうのかしら」

 と軽く美里が説明をした。


「へー。なんかワイルドですねえ」


 フミの言葉に美里は笑って言った。


「そうね。全然ワイルドな子じゃないのに仕事は男らしいことやってるわね」


 ゆったりと時間を過ごしているとドアのベルがカランと乾いた音を立てた。お客が来たようだ。


「フミちゃん、ゆっくりしてってね」

「あ、すみません。私もお店の中見せてください」

「ん。どうぞ」


 ふわっと立ち上がって美里は客のほうへ向かっていった。二人組の若い女性のようだ。一人はおなかが大きく妊娠中らしい。ちらっと妊婦を見て(ここの商品はきっと赤ちゃんに良さそうなものばかりだろうな)と思いフミも立ち上がって洋服の置いてあるコーナーに向かった。

ラックにかかってある洋服を一つ一つ見てみた。ワンピースが十着程度、チュニックやスカートもそんな程度の枚数で多くはなかった。しかしどれも優しい生地で持ち上げるとふわっと羽のように感じる。

前に弁償と言う名のプレゼントされたコットンのワンピースも着心地がよく、着なくても飾って手触りを毎日感じていた。

温かそうなダブルガーゼのチュニックをラックから取り出してみる。薄い黄緑色で、まだ黄葉をする寸前のイチョウのような初々しさを感じる色味だった。綺麗な色だなと思いこわごわ値札を見てみた。(思ったより安いんだ)

『その服よりはたぶん全然安いし』と弘樹の言葉を思い出し、身体に当てて姿見で確認してみた。顔色が明るく見えなんだか似合っている気がする。

黄緑色のチュニックを元に戻しほかの洋服も物色しているとまたカランとベルが鳴り美里の「ありがとうございました」との声が聞こえた。


 

 美里がやってきて

「何か良さそうなものある?」

 と聞いてきた。


「ええ。このチュニックいただこうかと。」

「あら。嬉しいけど気を使わなくていのよ」


 優しくいう美里に首をぶんぶん振ってフミは答えた。


「いえ。ほんとに欲しいなって思って。値段も思ったより安くてびっくりしました」

「ありがとう。ここの服も雑貨もね。新人さんの作品なのよ。だからリーズナブルな価格でもあるのよね」

「へー」

「セミプロ商品とでも言えばいいのかな。だから流通にのせるにはちょっと不安定でね。ある意味一品ものだから丁寧でしっかりできてるのよ。そのチュニックなんかは染色も凝ってて草木染なの。ただし色落ち注意ね」

「なるほど。でも色が落ちてもきっと気持ちのいいまま着続けられるんでしょうね。これください」


 フミは納得して美里にチュニックを手渡した。


「じゃ今お包みするわ」


 気が付くと外の日差しは落ち着いた茜色になり始めていた。ホワイトベージュの紙袋を受け取って礼を言い、フミは帰ることにした。


「また来てもいいですか?」

「勿論よ。弘樹に会いたかったら雨が降った平日の夕方6時にはここにいるわよ。雨の日だけ送り迎えしてもらってるのよ」

「そうなんですね。お礼も言いたいのでタイミングが合えば来たいと思います」

「ふふ。ほんとあんまり気を使わなくていいから、気軽に遊びに来てね」

「はい」


 夢の家から現実の家に帰るような気持ちでなんとなく酔いがさめたような気分になってくる。しかしこの店は現実にある店なのでまた来れると思うと嬉しくなって夕焼けに染まる紙袋を抱きしめた。

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