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2 雑貨店『アダージョ』

「可愛い。こんなお店あるなんて知らなかった」


 店構えは木の暖かさを感じることができ森の中にある童話の家みたいだと思った。

カランとベルが鳴り緑色の木製の扉を男は開けて「入って」と言った。言われるまま店内に入ると、十坪くらいのスペースにバッグやら帽子などの小物類、食器やカトラリー、そして衣服のコーナーとカフェのコーナーがあった。

ざっと見渡してみても外から見た印象と同じく、ナチュラルな製品をあつかっているようでアイボリーとベージュの優しい色合いに、フミは和やかな気持ちになる。男についてカフェコーナーへと向かい、席に着くと、店の主人らしい女がやってきた。


「あら、弘樹。いらっしゃい。彼女つれてきたの?」


 茶色い艶やかな髪を不思議の国のアリスのようにカチューシャで留め、力強いと目と優しい眉が同居する年齢不詳の女がフミに笑顔で「ようこそ」と声をかけた。


「は、はじめまして」


 フミは慌てて頭を下げる。


「彼女じゃないよ。初めて会った娘。さっき俺が服を汚しちゃったんだ」

「ははーん。うちの服をプレゼントに選んだってわけね」

「頼むよ、姉さん。」


 どうやら二人は姉弟らしいが、フミは二人のやり取りに慌てて口をはさんだ。

「あ、あの。服なんか気にしないでください。ほんとにもうコレいらない服で、汚してもらってちょうどよかったです。踏ん切りつくし……」


 一気にまくしたてながら段々と力が抜けていきフミは肩を落とした。女が心配そうに顔を覗き込む。


「なんかつらいことあったの?お名前は?私は吉川美里、こっちは弟の弘樹」

「杉田フミです」


 鼻をすすりながらフミは名前を告げた。


「よかったらお話していきなさいな。後で弘樹に送らせるから。時間いいんでしょ弘樹も」

「うん。まあもう仕事終わってるしね」

「いえ。服は私が勝手に転んでしまって全然、ひ、弘樹さんのせいじゃないんです。ぼんやり歩いてた私が悪くて」

「あら、そうなの。でもそんな顔じゃちょっとほっとけないわね」


 きょとんとしているフミを見ながら弘樹は「なんか『ナナ』に似てた」とポツリとつぶやいた。


「ああ。どこかで見たことあると思ったら」


 美里は大きな声で顔を上下させ納得して見せた。フミは訳が分からず美里と弘樹を交互に眺めていると、美里が控えめに上目遣いで言う。


「昔飼ってた猫に似てるのよ、フミちゃん」


 どうコメントすればいいかわからずフミはじっとしていると美里がまっすぐ綺麗な瞳でみつめて「そのワンピ確かに似合ってないわね。うちのやつのほうがよっぽど似合うから選んであげる」と上から下までフミを一瞥し言う。


「え、あ、あの」

「いいのいいの。似合うの何着か選んでくるからゆっくりしててよ」


 有無を言わさない雰囲気にフミは座って待つことにした。いつの間にか弘樹は勝手に店の奥に入り紅茶を入れて持ってきた。


「どうぞ」

「ありがとうございます。なんかこんなことになってしまってすみません……私お金払いますから」

「いいよ。その服よりはたぶん全然安いし、よかったらこの店の宣伝でもしてやって。先月オープンしたんだ」

「ああ、そうなんですか。へー。通りで」


 テーブルはアンティーク調だが真新しい木の香りがする。


「素敵なお店ですね。可愛いものばっかり」


 美里が三着ほどワンピースを持ってきた。どれも同じサンドベージュの色味だが素材が違うようだ。


「こっちが生成りのコットン。これはリネン。で、これはコットンのダブルガーゼ」

「うわあ」


 優しい色と手触りにフミは思わず声を出した。


「そのワンピも確かに素敵だけどフミちゃんはさ、こういう素材がよく似合いそうだよ」


 白いテカリのある素材は身体にべたついて不愉快だった。手触りも見た目ほどすべすべしておらずカサカサしている気がしていた。


「私もほんとはこういう自然な感じのほうが好きです。着てて気持ちいいし。パジャマとか下着は全部綿だし」


 少し間を置くフミに美里は鋭く素早く囁いた。


「それ彼氏の趣味なんでしょ」


 ハッと顔を上げてうなずきフミは話した。


「ガラじゃないのにこんなの着て頑張ってたんですけど、さっき振られちゃって……」


 口に出すとまた涙が出そうになったので上を見上げた。天井からぶら下がっているピンクの和紙でできたランプシェードが滲んで見える。美里が同情するように優しく「そう」とつぶやきワンピースをフミの身体に当てた。


「次はそのままのフミちゃんを好きになてくれる人が現れるわよ、きっと」


 身体に当てられたコットンの柔らかさにフミは心地よくなり、姿見を見るとよく似合っている気がしてそのまま店で着替えさせてもらった。弘樹がちらっと見て「いいんじゃない」と木訥に言う。フミは少し微笑んで「ありがとう」と言った。気が付くと外は真っ暗になっていた。


「送るよ」

「フミちゃん、またいつでも来てね」

「はい。また来ます」


 名残惜しい店を後にし、弘樹の車に乗せてもらいもと来た道を戻った。実家住まいなので近所のスーパーで降ろしてもらった。


「あの。今日はほんとうにありがとうございました」


 深々と頭を下げると弘樹はふっと笑んで「元気出してね」 と言い発進した。いつの間にか星が出ていて見つめているとなんだか元気が沸いてきた。(明日からまた頑張ろう)

今日出会った優しい大人の二人に感謝して力強い足取りで家路についた。

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