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お嬢様のペットはドラゴン  作者: ミナモト
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02 記憶の目覚め


 物心ついた頃から、私には前世の記憶があった。

 それは、ボンヤリとした朧げな記憶ではあったが、私は前世では異世界に住む人間の少女だった。

 だが、前世がどうであろうと、私は大して頓着しなかった。

 なにしろ、今世の私は誇り高き竜族。玄禍竜(ゲンカリュウ)という、それはもう強くて、竜族一飛ぶのが速くて、勇ましく、なおかつ賢く、深い見識を備えた世界一格好良い竜なのだ。

 前世の自分なんてどうだって良いと、私は竜としてブイブイ言わせていた。

 しかし、私が両親と一緒に暮らしていた巣は、ある日、魔族達に襲われた。竜族一速い玄禍竜だったが、多勢に無勢だった。それに、私はまだ子竜でそれほど速くは飛べなかった。

 両親は私を庇い戦い、私だけはと逃がしてくれたが、まだ上手く飛べない私は敵に捕まり、両の翼をもぎ取られ、瀕死の状態で川底に落とされた。

 そのまま川下に流された私を見つけ、拾って助けてくださったのが、エミリアお嬢様だった。

 人間に助けられるなど玄禍竜の名折れではあるが、一応人間であった前世の記憶を持っていた私は、お嬢様に感謝し、すぐに懐いた。

 それに、怪我をして見えなくなってしまっていた目を治して貰い、お嬢様の顔を初めて見た時、どことなく見覚えがあるような気がしたのだ。

 私はそれを運命だと思った。

 命を助けて頂いたお礼に、これからはお嬢様にお仕えし、お嬢様と共に生きるのだと心に決めた。

 それに、この国でも有数の莫大な資産を持つハーツシェル公爵家は、とても居心地が良かった。

 翼をもがれ、目も耳も潰されて皮膚も焼かれた、いつ死んでもおかしくないような瀕死状態だった私を、最高の治療魔道士を揃えて根気良く治療してくださったし。ご飯は豪華で美味しいし、洗い立てのシーツのふかふかなベッドで眠れるし、お嬢様が常に背中を撫で撫でしてくれるし。

 最高の環境だ。この贅沢な暮らしを知ってしまったら、もう野生では生きていけそうもない。

 どの道、両親も巣も失った私には他に行く所もない。

 野生も失い、前世の記憶を特に掘り返すこともなく、お嬢様の腕の中でぬくぬくと生きてきた。

 だが、今日、サディアス少年の顔を見た瞬間、突如として私は前世のとある記憶を鮮明に思い出した。

 それは、乙女ゲームをプレイする自分の姿……。その乙女ゲームの内容、登場人物、タイトル、主題歌、キャッチコピー、マスコットキャラ。

 その乙女ゲームに対する、前世の自分の友人の評価。

「絵とボイスは良いんだけど、ストーリーがなぁ……。ありきたりだよね。凝ってる所もあるけど、大体どこかで見たことある感じ」

 その乙女ゲームに対する、前世の自分の評価。

「なんでよ、神ゲーでしょ!キャラ格好良いし、ヒロインも良い子だし!確かに、これいるか?っていう、謎設定も多いけど……」

 有名ゲーム情報サイトの評価。

「競合他社が以前出していたゲームに似た設定が多い。ストーリーもありがちでマンネリ気味だが、ゲームシステムは飽きさせないように工夫されていて○。絵よし、サウンドはいまいち。最後までプレイしても、解消されない細かい謎がある。DLCか、続編で解明か?」

 母親の小言。

「またゲームばかりやって……。宿題やったの?」

 うむ……。一気に色々なことを思い出して混乱して、あの時はしばらく頭と体が硬直してしまった。

 訳がわからないが、とにかくここはあの乙女ゲームで描かれていた世界らしい。お嬢様のお顔に見覚えがあったのは、前世で画面を通して見ていたからだ。

 そして、サディアスの顔を見て前世を思い出した理由は、悪役令嬢であるお嬢様より、攻略対象者であるサディアスの特徴の方を、良く覚えていたからだ。

 光のない夜の闇を映したかのような黒い瞳に、黒い髪……。

 うん……あいつ、魔王じゃん。

 覚醒前の、魔王じゃん。

 あの乙女ゲームには、登場時は上級貴族のくせにろくに魔法も使えない根暗で無愛想な劣等生だが、途中でなんと魔王に覚醒するという中二病設定の攻略対象キャラがいた。

 その名も、サディアス・ハーツシェル。

 うん、あいつだ。やっぱあいつだ。

 災厄の権化。魔族の頂点。

 まずい……。非常にまずいです、お嬢様!

 ゲーム通りに現実も進むのであれば、サディアスが魔王に覚醒したとしても、この世界が滅ぶことはない。

 ヒロイン……つまりあの乙女ゲームにおける主人公と、他の攻略対象者達が倒すからだ。

 もしくは、ヒロインがサディアスの攻略条件をクリアしていれば、魔王に乗っ取られたサディアスの魂は、ヒロインの愛と魔法により浄化され、人間へと戻る。

 この世界は、魔王が目覚めたことにより一時的にピンチに陥るが、ヒロインのおかげでどちらにしろ救われるのだ。

 そこはいいのだ。サディアスが殺されようとも、救われようとも。この世界は無事。

 問題は、お嬢様である。お嬢様と私である。

 先ほど言った通り、お嬢様はあの乙女ゲームにおける悪役令嬢。ヒロインと攻略対象者がくっつくのを邪魔する、悪役キャラである。

 サディアスが倒されたり、救われたりした後、ゲームのエンディング近くになると、お嬢様はヒロインを害した罪で婚約破棄された挙句、処刑される。

 ヒロインが、サディアス以外のキャラを攻略したルート。つまり、魔王サディアスが倒されるルートでは、魔王を出した一族の者、かつ聖女であるヒロインを害した罪で一族郎党斬首刑。ついでに、従者たる私も打ち首。

 ヒロインが、サディアスを攻略したルート。つまり、サディアスが魔王から人間に戻るルートでは、義弟のサディアスを害し魔王に覚醒させた罪、かつヒロインを害した罪でお嬢様一人が火刑。ついでに、従者たる私も火焙り。

 つまり、どのルートでもお嬢様は殺される!ついでに、私も!

 まずいです……。まずいどころではないです。

 なぜ、我が麗しきお嬢様が殺されなければいけないのか。

 前世でゲームをやっていて、「悪役令嬢ざまぁ。因果応報だね」とか言っていた自分を殴りたい。

「大体、なんでいっつも気持ち悪いトカゲ抱いてるの?それで高貴な公爵令嬢ぶられても、ドン引きだよ」

 とか言っていた自分をぶん殴りたい。

 ゴルァ!前世の自分っ!それ、私だよ!トカゲじゃなくて、竜ぞ!誇り高き竜ぞ!?

 確かに、翼をもがれて、火傷の痕で美しい鱗もデコボコになり、瀕死体験をしたせいで魔力も体力も貧弱になってしまった今の私は、トカゲにしか見えないかもしれない……。しかし、この溢れ出るオーラよ……!

 あのゲームの中では、不気味な黒トカゲにしか見えなかったが、現実の私はオーラが違うから!この誇り高き竜族特有のオーラを、画面越しにも感じ取って欲しかったよ。前世の私に。

 前世の愚鈍な私はひとまず横に置いておくとして、このままいけばお嬢様は身の破滅だ。ついでに、私も。

 なんとかしなければいけない。

 とりあえず、あのサディアスは破滅の元なので、さっさとこの公爵家から追い出した方が良い。しかし、旦那様がすでに決定してしまったことならば、覆すことは難しいだろう……。

 斯くなる上は、私がこの牙を汚し、今のうちに奴めを闇に葬るか?

 私は、お嬢様が差し出してくださった茶菓子をカジカジと噛み砕きながら、己の牙の鋭さを確かめる。

 玄禍竜の牙は鋭く、岩をも噛み砕く。だが、いかんせん私はまだ子竜である。竜族は寿命が長い分、成竜になるまでに長い年月がかかる。

 おまけに玄禍竜は、元々竜族の中でもその体躯は小さい方ではあるが、瀕死体験をした私は成長が遅れておりさらに小柄で、顎の力も弱まってしまっている。

 焼き立てのクッキーを噛み砕く分には問題がないが、サディアスの骨を噛み砕き致命傷を与えるのは、少々難しいであろうと言わざるを得ない。

 はぁ……。私は、命の恩人であるお嬢様の為に、この牙を血に染めることは厭わない。しかし、今の私はあまりにも無力だ。

 私が落ち込んでいると、ブランと力なく垂れ下がる尻尾からそれを察したのか、お嬢様が優しく背を撫でてくださる。

 お嬢様は悪役令嬢などではない。

 こんなにも心優しいお嬢様が、悪役令嬢な訳がない。

 あの乙女ゲームは、なにもかも間違っている。

 あれが運命だと言うのならば、私は必ず運命を変えてみせる。

 力がないなどと、弱音を吐いてはいられない。今度は、私がお嬢様を守り、救うのだ。

 あの時、私がお嬢様に救われたように。


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