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お嬢様のペットはドラゴン  作者: ミナモト
18/38

17 嵐の前のお茶会


 しんしんと、真っ白な雪が降り続いている。

 外は一面銀世界。いかにも寒そうだが、室内は暖炉の火でよく暖められており、私はいつものようにお嬢様の膝の上にスカーフ一枚で丸まっている。

 ハーツシェル公爵家の応接間には、お茶会に集まったご令嬢達の涼やかな笑い声が響いている。

「……それで、祖母が呼んだ道化師のおかげで、そのお茶会が盛り上がったのは良いのですけれど、私は道化師が机の下からいきなり飛び出して来たことに驚いて、思わずお茶をひっくり返しそうになってしまい大恥をかきましたわ」

「まあ!ふふふ、それは災難でしたわね」

「ケアード公爵様は変わった催しを考えられるのが、本当にお上手ですね。とても楽しそうで、私も是非参加してみたいですわ」

「もうっ、皆様他人事だと思って……。祖母の思いつきに毎回巻き込まれる方は、堪ったものではございませんのよ」

「うふふ、ごめんなさい」

 ケアード女公爵様は、真っ暗な中でお茶会を開いたり、野外で仮装舞踏会を開いたり、なかなか型破りな方のようだ。ここにいる孫のバーバラ嬢は、そのことで結構苦労させられているらしい。

 バーバラ嬢の巻き込まれ体験談は、お嬢様のご友人達の毎回のお茶会の楽しみであり、はたから聞いている分にはとても面白いのだが。

「そういえば、皆様ご存知かしら?私達と同じ今年の魔法学園の入学者の中には、ルーファス殿下以外にも光魔法の使い手の方がいらっしゃるらしいですわ」

 ご令嬢達の会話にはよくあることだが、いきなり話題がガラリと変わった。私は、お嬢様の膝の上で穏やかな微睡みから覚めて、ムクリと身を起こした。

「あら、王族以外で光魔法を使える方がいるとは、珍しいことですね。どのようなお方なのかしら」

 侯爵家のティナ・ゼイン嬢が持って来たネタに、お嬢様も食いつく。

「詳細はまだ知らないのですが、男爵家の方だとか」

「そうなのですか。学園でお会いするのが楽しみだわ」

 お嬢様、楽しみになさってはいけません。

 ルーファス以外の光魔法の使い手……。

 そいつ、多分ヒロインです。

 確か、ゲームでは王立魔法学園に入学する前の魔力測定の時に、ヒロインが貴重な光魔法の使い手であると発覚したということが、プロローグでさらっと語られていた。

 光魔法は、かつて魔王を倒した勇者の一人が使ったという、闇を打ち払う為の聖なる魔法と言われ、この国の王家の血筋の者には時々使える者が現れるらしい。第一王子であるルーファスも、光魔法の使い手だ。

 王家以外の者が使えるのは珍しいということで、ヒロインは学園で注目される。ルーファスも、自分以外の光魔法の使い手であるヒロインに興味を持つ……。それがゲーム内での話の流れだった。

 ティナ嬢の情報が確かならば、やはりヒロインはゲーム通り、光魔法を使える特性を持って学園に入学してくるのか……。

 私は、あのゲームの始まりが、いよいよ現実味を帯びて近づいて来たことを感じ、鬱々とした気分になってしまう。

 ダランと尻尾を下げていると、お嬢様が茶菓子を取り、私の口元へと運んでくださった。

 もぐもぐ……このチョコ美味しいです、お嬢様。少し気分が上向きになり、口の端を舐めていると、お嬢様がもう一粒チョコレートをくださる。うむ、これはキャラメル入りなのか……実に美味である。

 私がチョコレートを味わっている間にも、ご令嬢達のお茶会の話題はまた移り変わっていく。

「それで、マリッサ様はダン様と無事仲直り出来たのですか?」

「はい、一応は許して差し上げましたけれど……。ですが、ダン様ってばひどいのですよ。私が、背が低いことを気にしていることを知っていながら、からかってくるのですから」

 フィルモア伯爵家のマリッサ嬢は、プクッと可愛らしく頬を膨らませる。

「ふふっ、マリッサ様が拗ねている表情は愛らしいので、ダン様は定期的に貴女を怒らせたいようですわね」

「意地悪ですわ。やっぱり許さない方が良かったかしら」

 マリッサ嬢が眉を寄せる。

「喧嘩するほど仲が良い、ということですね」

「夫婦喧嘩は犬も食わない、とも言いますわ」

「ちょっと、皆様!やめてくださいませ」

 ティナ嬢とバーバラ嬢に次々とからかわれ、マリッサ嬢が頬を染めて怒った。

 マリッサ嬢には、同じ伯爵家のダン・コートックという婚約者がいる。勿論、家同士が決めた政略的な婚約ではあるが、時々痴話喧嘩をするくらい大変仲が良いらしい。

 婚約者のことでマリッサ嬢をからかうのも、このご令嬢達のお茶会のお決まりのパターンだ。

 マリッサ嬢は、恥ずかしそうにコホンと一つ咳払いをした後、

「エミリア様は、ルーファス殿下と喧嘩などなさらないのですか?」

 と、お嬢様の方へお鉢を回して来た。

「いいえ、喧嘩はしたことがありませんわ」

「まあ!やはり、お二人はとても仲がよろしいのですね!ダン様にも、ルーファス殿下を見習って頂きたいですわ」

 いや、マリッサ嬢よ。仲は全く良くはないぞ。ビジネスライクな会話しかしていないから、喧嘩にもならないのだ。

 そう……あの画廊の件の後、お嬢様とルーファスのデート……いや、視察に三回ほどまた同行したが、相変わらず会話といえば職務のことばかり。恋の予感を一切感じさせない、完全な上司と部下の関係である。

 ルーファスが、お嬢様の上司的な立場というのは気に入らないが、恋が生まれないのは私にとっては好都合ではある。

「ルーファス殿下とエミリア様の関係に憧れますわ」

 マリッサ嬢よ……。君達は、そのままで良いと思うぞ。ケンカップルとして、末長くイチャイチャしていてくれ給え。

「お二人の婚約と言えば……エルシー様は、結局ハーツシェル公爵家に養子に入ることを決められたのですか?」

 バーバラ嬢が、お嬢様の従姉妹であるエルシー様を見る。

 エルシー様は、紅茶のカップを持ちながら、緩く首を横に振った。

「いいえ、まだ保留にして頂いています。私は、やはり父の跡を継ぎ軍に入ることを諦めきれなくて……。しかし、本家の意向に逆らうことも出来ませんから、おそらく学園卒業後には公爵家へ養子に入ることになると思います」

「そうなのですか……。軍でご活躍されるエルシー様も、とても素敵でしたでしょうし残念ですが、エルシー様ならきっと公爵としてもご活躍出来ると思いますわ」

「ありがとうございます。ですが、私は公爵家の跡取りとなっても、一軍人としての心がけを忘れず、この世に再び闇の者が跋扈したその時は、聖なる炎を身に纏い先陣を切って戦う覚悟を……!」

 熱く中二病的なことを語り出すエルシー様に、すっかり慣れ切っているご令嬢達は、しばし皆でお茶や茶菓子を味わい、その時をやり過ごす。

 エルシー様が一通り語り終えて満足して、こちらの世界に戻って来たのを見て、今度はティナ嬢が口を開いた。

「闇の者で思い出したのですが、最近我が領で魔物の出没が増えているのです。我が領は、当家の騎士達がしっかり対処をしておりますが……。隣のベルンケン子爵領などは、騎士の数が足りていないようで、随分被害を受けているようですわ。当家に救援の要請がありました」

「まあ!最近は、あちこちでそのようなお話を聞きますね。この国だけではなく、隣国の町でも突然魔物の襲撃があり、甚大な被害を受けたとか……。父が話しておりましたわ」

 外交に詳しいバーバラ嬢が、国外の魔物被害を話し出す。

 国内でも国外でも、世界的に魔物の人里近くでの出没が増えているようだ。ゲームでも、魔王復活が近いことを匂わす為にそういう描写はあった。

 サディアスは、ゲームとは違いすっかり優等生になっているが、やはり魔物はお構いなしに増えているのか。

 結局、ヒロイン達が魔王を倒したら魔物もまた少なくなり、この世界に平和が戻るとは言え、それまでに出た被害がなくなる訳ではないし、お嬢様の周辺や公爵領に被害が出ないことを祈るしかない。

 サディアスめ……つくづく迷惑な魔王だ。最近、体術や剣術がめきめき上達して、お嬢様に褒められたからといって、良い気になっている場合ではないぞ!

「なるほど……今こそ私の出番という訳ですね。この世界を闇の者達から守る為、私が魔物退治にっ」

「行かないでくださいね、エルシー。貴女は強いとは言え、まだ子供なのですから」

「うっ……!」

 お嬢様にピシャリと止められて、決然と立ち上がりかけたエルシー様は、しょんぼりと椅子に座った。

 エルシー様は、お嬢様よりも二つ年下である。勇ましい言葉だけでなく、実際魔法や剣の腕は相当優秀らしいが、いかんせんまだ魔法学園の入学年齢にも至っていない子供。本人の望み通りに戦場へ出ることは難しいだろう。

 ただ、魔王復活は三年後なので、その時にはもうエルシー様も学園に在籍されているはず。もしかしたら、闇の者と戦うチャンスもあるかもしれませぬぞ。頑張れ、エルシー様。是非、魔王サディアスの首を取ってください。

 そのような色々な話を続けていたら夕刻近くになり、ご令嬢達は帰る時間となり、お嬢様はお見送りに立つ。

 今回のお茶会も、笑い話あり、恋バナあり、国内情勢に国外情勢の話ありと、有意義なものであった。

 やはり、上級貴族の家のご令嬢達が集まるお茶会だけあって、飛び交う情報も最新で聞き逃せないような重要な物も多い。

 お嬢様のお膝の上の心地良さに、たまにうたた寝してしまうこともあるが、これからもちゃんと聞いておくことにしようと思う。

 学園入学の日が、すぐそこまで迫っている。

 冬は室内が暖かくて眠いとか、春は外がポカポカ陽気で眠いとか、夏は冷菓が美味しいとか、秋はご飯全部が美味しいとか言っている場合ではない。気合いを入れなければ。

 ゲームのシナリオなど跳ね除け、我が麗しきお嬢様をお守りするのだ。

 フンスフンスと鼻を鳴らしていると、お嬢様が私の顎をこしょこしょと撫でてくださる。

「あら、クイン、お腹が空いているの?大丈夫、もうすぐ夕食よ。マーティンによると、今日の夕食には貴方が好きな蟹のスープが出るらしいわ」

 蟹!

 うむ……腹が減っては戦が出来ぬ。腹ごしらえは重要である。

 とりあえず、今夜は蟹をたっぷり食べて、有事の時に備えるとしよう……!わーい!蟹ぃー!


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