14 お嬢様の初デート
全くもって気が利かなかったルーファスから、ようやく花束と手紙が送られて来たと思ったら、それは所謂デートのお誘いだった。
物だけ寄越せと言っただろう。お嬢様はお忙しいのだ。貴様と会っている時間などないというのに。
しかし、第一王子からの誘いを無下にする訳にもいかず、お嬢様は手紙に記されていた日に、また美しく着飾りお出かけの準備をなされている。
「新しいドレスも良く似合っているわ。やはりあの仕立て屋に頼んで正解だったわね。その髪飾りも、貴女の瞳の色にピッタリね。うん、今日の貴女もとても可愛らしいわ」
「ありがとうございます、お祖母様」
本日のお嬢様の装いは、空色のドレスに、お嬢様の瞳と同じ色の、若草色の宝石があしらわれた髪飾りを合わせておられる。
勿論、輝くばかりにお美しい。ドレスの色が、ルーファスの瞳と同じ色なのが不服ではあるが……。
外套を羽織り、お嬢様は私を腕に抱く。
見送りの大奥様の横で、大旦那様が瞳を潤ませる。
「エミリア、お前は本当に美しい……美しいが……っ。やはり、お祖父様と一緒に散歩に行かぬか?ちょっと、隣街まで」
「お祖父様、私はルーファス殿下とのお約束がございますから……」
「ううっ、エミリア……お祖父様とお出かけした方が、絶対楽しいぞ」
「貴方、いい加減諦めてくださいませ」
「では、せめて私も一緒に……」
「やめてください」
ピシャリと大奥様がたしなめて、ようやく大旦那様は黙る。大いに不満そうではあるが。
公爵家に、護衛をぞろぞろと引き連れた王家の馬車が時間通りに到着にし、ルーファスがゆっくりと降りて来る。
「エミリア、待たせたかな」
「いいえ。ご機嫌よう、ルーファス殿下。お迎えありがとうございます」
「綺麗なドレスだね」
「ありがとうございます」
おいこら、これほど優美で可憐で春のそよ風のように麗しいお嬢様を前にして、それだけか褒め言葉は。
「では、行こうか。ハーツシェル公爵、エミリアをお借りします」
「ぐぬぬっ……エ、エミリアをどうぞよろしくおね、お願、ぐぐぐっ」
「エミリアをどうぞよろしくお願いいたします、ルーファス殿下」
辛うじて笑顔のようなものを浮かべてはいるが、歯軋りせんばかりの大旦那様に代わり、大奥様が馬車に乗り込む二人を愛想良く見送る。
追いすがるように足を踏み出そうとした大旦那様の腕を、さり気なく、かつキツく握り、公爵家を出て行く馬車に向かって、頭を下げる大奥様。
大旦那様……お気持ちは痛いほどよくわかります。ですが、この私めがここにおりますので、ルーファスの好きにはさせません。
馬車の中から、遠ざかって行く大旦那様と公爵家を見ながら、私は敬礼をするようにピンと尻尾を逆立てた。
王家の馬車が向かったのは、王都の貴族街にある画廊だった。
貴族街の中心地に建っているだけあり、一般庶民ではとても入れないような、豪奢な店構えである。入り口前には、画廊の支配人や美術商が並んで頭を下げて出迎えをしている。
王子が来訪するというだけあり、どうやら貸切のようだ。他の客はおらず、店内には職員と王家の護衛の者だけしかいない。
お嬢様とルーファスは、店内をゆっくりと回りながら様々な美術品を眺めた。
絵の好みくらいならばあるが、私にはこの世界の人間の芸術はさっぱりわからない。だが、中には竜が描かれた絵画や、竜の彫刻などがあって、それらはついつい首を伸ばして見入ってしまった。残念ながら、玄禍竜が描かれた物はなかったが。
ルーファスは、言葉少なにひと通り見て回ると、画廊の支配人や美術商に、現在の王都での美術品における流行や、店の集客率や客層などを尋ね出した。
あれ……?これ、デートというより視察では?
最早、気が利かない所の話ではない。私は、気が遠くなる思いがした。
しかし、お嬢様はルーファスと一緒になって、支配人達の答えを真剣に聞いてしまっている。お、お嬢様……。ここは、怒る所だと思うのです。
画廊を出た後、ルーファスはお嬢様を、同じく貴族街にあるカフェに案内した。
デートコースとしては悪くはないはずなのだが、あろうことかそこでルーファスが話題として切り出したのは、先ほど画廊の支配人達から聞き出していた、美術品の流行の移り変わりについての考察や、王都の市民達が美術品にかける客層別の私財の割合についてなどだった。
ひどい……。これは、ひどい。
しかも、やはりお嬢様も真剣に話を合わせてしまっている。
二人とも仕事人間すぎる。初デートの初々しさも、ロマンチックのロの字もない。
ルーファスが愛の言葉でも口にしようものなら、すかさず妨害してやろうと思ってはいたが……。その機会は一度も訪れなかった。
ゲームではルーファスは、ヒロイン相手にこんな話題は出さなかったはず。ヒロインは、一応貴族とはいえ庶子であり平民出であったから、こういう小難しい話をしても通じないと思ったのだろうか……。
だが、公爵令嬢として知識と教養を十分身につけていらっしゃるお嬢様は、話についていけてしまっている。
ゲームで、ルーファスとヒロインが、ジレジレとした初々しい恋を育む会話を繰り広げていた裏で、お嬢様は婚約者なのに、こんな色気の欠片もないビジネスライクな会話をずっとしていたのだろうか。その上、処刑までされてしまうなんて……。
胸が痛い……。
やはり、こんなすっとこどっこいの唐変木は、お嬢様には相応しくない。
上級貴族の家に生まれた者にとっては、自由恋愛など夢のまた夢だが、少しくらいはお嬢様にも、胸がキュンとするような恋を経験して頂きたい。
勿論、天下一、いや天上天下一麗しき我がお嬢様に相応しい相手は、早々いないではあろうが。
少なくとも、ルーファスは論外だ。不貞野郎であるばかりではなく、ここまで婚約者に対して気配りのない人間であったとは……。ゲームをやっていただけでは気がつかなかった。
これなら、いつも肝心な所で女性にフラれてばかりいる、うちの給仕のナイジェルの方が、まだ女心がわかっていると言えるくらいだ。
ルーファスよ。お前はあの、女性を口説く時に自作のラブソングをアカペラで街中で歌って、ドン引きされてフラれたナイジェルよりも下のレベルだぞ。
あの、初デートに誘う時にいきなり結婚も同時に申し込んで、ドン引きされてフラれたナイジェルよりもひどい。デート中、なにかにつけて叙情的に愛を語り過ぎて、いい加減ウンザリされてフラれたナイジェルよりもアカン。彼女の父親に「娘はやらん!」と言われて、マジで決闘の申し込みをして、相手家族全員にドン引きされてフラれたナイジェルよりも……。まあ、ナイジェルの話はもういいか。
彼は、恋愛に関してのみ熱くなり過ぎるだけの、仕事は出来る良い給仕である。
ナイジェルの恋にかける情熱の一割すらも、デート中のルーファスには見受けられなかった。
最早、怒りを通り越して、呆れた目でルーファスを睨んでいるうちにデートは……いや、視察は終わった。
店を出て、帰りの馬車に乗り込もうとした所で、わずかな違和感を覚える。私は、周囲を見回した。
馬車の周りは、他の者が近づけないように護衛がぐるりと囲んでいる。護衛達の壁から少し離れた所を、貴族や準貴族などの上流階級、あるいは豪商などの中流階級の、身なりの良い者達が行き交っている。
いつも見ている貴族街の街並みと、なんら変わりはないはずだ。
王家の紋章が入った馬車と、それをがっちり守っている護衛達を、足を止めて眺めている通行人も中にはいる。
その中の一人を認めた時、私の背にぞくりと寒気が走った。
別に見覚えがあったわけではない。仕立ての良い洒落た服を着た、普通の中年の紳士だ。しかし、違う。
明らかに、周りの人間とは放つ魔力が違う。今まで感じたことがない魔力の色を感じる。
私の体は、視覚も聴覚も完全に治った訳ではないが、竜並みとはいかなくても人並みには見えるし、聞こえている。そして、魔力を感知する神経である魔覚だけは、人並み以上の所まで治っている。
だから、わかる。王家の護衛達も、お嬢様やルーファスも異常を感じてはいないようだが、あの人間は異常だ。
まるで魔族のようにも感じるが、しかし人間なことは間違いないようだ。人間の魔力の中に、魔族の魔力が混じっているようにも見える……。
もしかして、魔族と契約した人間、あるいは魔族に体を乗っ取られた人間、それとも魔族の一部を自分の体に取り込んだ人間が、ああいう風に変わった魔力を放つのかもしれない。
今までああいう魔力を見たことがなかったので、原因をいくつか推測は出来ても、どれが正解かを特定することは出来ない。
なんとも不気味である。なぜ、あんな者が王都に、それも貴族街に入り込んでいるのだ。
とにかく、お嬢様から遠ざけねば。
幸いにも、ちょうど馬車に乗り込む所だったので、その場に長居することもなく、お嬢様とルーファスが乗った馬車はスムーズに出発した。
あの人間の妙な魔力が遠ざかって行く気配を感知して、ひとまずホッと息を吐き出した。
魔族と関わりのある人間など、あらゆる意味で危険だ。貴族街の、結界魔法が厳重に張られた警備を、どう潜り抜けたのかは気になるが……。
人間の中にも魔覚神経が優れた者はいる。そういった者が気づいて、退治か追い出してくれることを期待しよう。
それにしても、実りがない所か、不吉で危険で嫌なことばかりの外出だった。それもこれも、ルーファスのせいである。ルーファスがあのカフェを選んだせいで、あの不気味な人間と出くわしたのだから。
お嬢様に、もしものことがあったらどうする。勿論、お嬢様は私が全力でお守りするが。
ルーファスは、やはり鬼門。
二度とデートに……いや、視察になど誘うでないぞ!貴様は一人でずっと、いずれ落とされる地獄の名所でも視て回っているが良い!