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お嬢様のペットはドラゴン  作者: ミナモト
11/38

10 破滅を招く魔王と禍を呼ぶ竜


 サディアスの分のおやつも食べるなど、奴に己の立場を思い知らさせる、地味な嫌がらせを続けていたが、やはりあまり効果はなかった。

 ハーツシェル公爵家の有り余る財力のおかげで、おやつの量に際限はなかった。私がどれだけ食べても、サディアスの分はきちんと確保されていた。

 そして、私は若干太った。そのせいで、おやつの量が減らされた。

 おのれ、魔王サディアス……!これも全てあやつのせいだ。絶対に許してはおけぬ!

 お嬢様がダンスの授業を受けている間に、部屋を抜け出して、私はのしのしと廊下を進む。

 サディアスの部屋の前まで来て、ドアへ逆立ちするように後ろ足をかけて長い尻尾を伸ばし、絡ませた尻尾でドアノブを回す。

 ガチャリと、難なくドアが開いた。

 ふふふ……私は進化した。自力でのドア開きをマスターしたのだ。これで、私用の出入り口がない所でも出入りし放題である。

 サディアスの部屋へするりと侵入し、後ろ足でドアを閉める。

 ルンルンと尻尾を揺らしながら、サディアスの書き物机へよじ登る。机の上には、案の定、今日の午前中の歴史の授業でサディアスに出されたであろう、課題を書いた紙が置いてあった。

 私は口でその紙の端を咥えて、少々苦労したが前足でビリビリに紙を引き裂く。あとは、私の噛み跡がついた部分の切れ端だけ持ち去れば、サディアスは課題を終わらすことが出来ずにサボったのだと、教師に思われることだろう。

 ふっ、再び劣等生に舞い戻るが良い、サディアス。

 少し運動が出来てダイエット代わりにもなりちょうど良かったと、口に切れ端を加えながらホクホクとした気持ちで机を下りようとした所で、前触れもなくガチャリと部屋のドアが開いた。

 部屋に入って来たのは、サディアスだった。隠れる場所もなく固まっていた机の上の私と、ばっちり目が合った。

 ホワイィ!?貴様は、お嬢様と一緒にダンスのレッスンを受けていたではないか!なぜここに戻って来た!?

 サディアスは、机の上にバラバラに引き裂かれて散らばっている紙を見て、眉をひそめた。私が口に咥えている紙も見られた。

 終わった……。サディアスを罠にはめるつもりが、私が墓穴にはまってしまった。

 このままでは、悪戯っ子の烙印を押され、お嬢様や公爵家からの評価はガタ落ち……。

 力なく尻尾を垂れ下げ、口から紙の切れ端をはらりと落とす。

「お前がやったのか、これ……」

 サディアスは散らばった紙から、私へと目を移す。

 私は、頷くこともせず目を伏せた。

「……お前、ただのトカゲじゃないよな?」

「!?」

「初めは、ただの不気味なトカゲかと思ったが……なんとなく、魔力が違う感じがする」

 そ、そうだった!ゲームでは、サディアスはろくに魔法は使えないが、魔力を感知する能力だけは、他のキャラよりも高かったのだ!

 だが、ゲームでは私の正体に気づいた素ぶりなど、まるでなかったのに……。もし気づいていたとしたら、サディアスルートのお嬢様の断罪では、私が禍を呼ぶ玄禍竜であることも追及されていたに違いないだろうし……。

 それなのに、なぜ今気づかれたのだ!?

 もしかして……ゲームとは違い、お嬢様とサディアスが一緒にいる時間が増えたので、自動的にいつもお嬢様と共にいる私との時間も増えてしまっていたが、そのせいで気づかれたのだろうか……?

 ま、まずい……まずいぞ!私が竜だと気づかれるだけならばまだしも、もしも玄禍竜だとバレてしまったら……。この屋敷を追い出されてしまうかもしれない!

 ピンと尻尾が硬直する。

 か、斯くなる上は……死なば諸共っ!

 グワッと口を開き牙を剥いて、サディアスに飛びかかる。

 しかし、片手でガシッと胴体を掴まれて、私の牙はサディアスの首まで届かなかった。

 ジタバタと手足をばたつかせてみるが、私を掴んでいるサディアスの手はビクともしない。

「お前、なにが目的であの人と一緒にいるんだ」

 愚問だ。勿論、お嬢様に仕え、お守りする為に決まっているだろう!貴様のような悪しき者からな!

 ガシガシと歯を鳴らしながら首を伸ばし、サディアスに噛みつこうとしたが、届く訳もなく無駄だった。

 コンコンと、ノックの音が響き、部屋の外から、

「サディアス、先生が戻っていらしたわよ。本は見つかったの?」

 と、お嬢様の声が聞こえた。

 ひ、ひえええ!?お嬢様!わ、私はなにもしていませんよ!私は悪い竜ではないのです!

 プルプルと尻尾を震わせて固まっていると、サディアスが私を片手に持ったまま、本棚から一冊の本を引き出してから、部屋のドアを開けた。

「あら、クインもここにいたの?」

「はい」

 サディアスは、お嬢様へと私を手渡す。

「先生は、大丈夫でしたか?」

「ええ、腹痛は治ったそうよ。今朝食べた貝に当たったのかもしれない、とおっしゃっていたわ。私に質問したいと言っていたのは、その本のこと?」

「はい、この本に書いてあった、痺れ薬の解毒方法が少しわかりづらくて……」

 サディアスは、何事もなかったかのように本の内容を質問しながら、お嬢様と共に廊下を歩き出す。

 あれ……?てっきり、私の罪を告げ口されると思っていたのだが……。

 お嬢様の腕の中から、じっとサディアスを覗き見る。その視線を、サディアスに気づかれるよりも早く、お嬢様に気づかれた。

「クインは、貴方に懐いているのかしら。今まで、私以外の人の所へ行くことは、空腹の時に使用人の所へ自主的に食べ物をねだりに行く以外は、ほとんどなかったのだけれど……」

「どうでしょう……。嫌われている気がしますが」

「あら、そうかしら?」

「いつも、そのトカゲをそばに置いていますけど……なぜですか?」

「ふふっ、ペットは飼い主が責任を持って面倒を見るものでしょう?それに、クインは私以外の人に抱かれるのが、あまり好きではないみたいなの」

「なるほど……」

 なぜだかはわからないが、サディアスは告げ口をする気はないらしい。

 うぬぬ……魔王に借りが出来てしまった……。

「クインは、昔大怪我をして死にかけたの。今も体は完全には治っていなくて……。いつかは全てを治してあげたいわ」

「なぜ、そこまでして……。トカゲとか、そういう生き物が好きなんですか?」

「そういう訳ではないのだけれど……。クインに初めて会った時、なんとなく運命というか、自分が助けなければいけない使命感というか……そういうものを感じたのよね」

 おお、お嬢様……!やはり、お嬢様と私は、運命で結ばれた間柄!惹かれ合う強い絆!切っても切れぬ仲!

 同調するようにパタパタと尻尾を振っていると、お嬢様が頭を撫でてくださった。目を細めて喜んでいると、サディアスと目が合ってしまった。

 むむむ……。さっきはその……悪いことをしたと、思わなくもないぞ。一応、すまんと心の中で謝ってはおくが、貴様が将来的にお嬢様を害す魔王であり、私の敵であることには変わりない。いつかは、追い出してやるからな!

 私が、口を小さくパクパク開いたり閉じたりしていると、サディアスが私の鼻先を指でつついて、少し笑った。

「貴女に撫でられるのが好きらしい」

「あら、それは貴方もではないの?」

 お嬢様が少し意地悪気に微笑んで、からかうようにサディアスを見る。サディアスは頬を赤く染めて、プイッと目を逸らした。

「私は別に……」

「ダンスのリードが上手に出来るようになったら、たくさん撫でてあげるわよ、サディアス。社交ではダンスは必須よ。魔法学園に入学するまでには、人より良く踊れるようになっていなくてはね。私達、上級貴族は、他の生徒の手本とならなければいけないから」

「はい」

「良い顔つきになったわね。おまけして、今少し撫でてあげようかしら?」

「……っ!からかわないでください」

「あら、可愛いペットに続いて、可愛い弟が出来て嬉しいのよ、私」

 再び弟と言われて、サディアスの口の端がムズムズと嬉しそうに少し上がり、それを隠すようにすぐキュッと引き結ばれる。

「お姉様と呼んでもいいのよ?」

「早く行きましょう、先生が待っています。……姉上」

 最後の言葉はボソリと、聞こえるか聞こえないかわからないような小さな声で呟かれたが、お嬢様には聞こえたようだ。

 お嬢様は柔らかく微笑んで、尖り気味の耳を赤くしてずんずん先へ進むサディアスの後を追った。

 ぐぬぬぬぬ……。うぐぬぬぬ……。魔王サディアス、許すまじ……っ。

 先ほど、少しでもすまないと思ってしまったのは間違いだった。

 奴は、純然たる魔王。情け無用で、我が身を賭しても、お嬢様から引き離さなければいけない悪の化身だ。

 そして、お嬢様の寵愛を、今まで通り私だけのものにするのだ!お嬢様の一の従者はこの私である!


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