<うちのお嬢様はタルトの中身にもこだわる>その9
なるほど。
サクランボのタルトは、アレクサンドラお嬢様が好いていらっしゃる、マルセル先生の好物。
それでお嬢様もお好きになったのだろうか。
いや、先生のために、自分が好きなふりをして作らせているのか。
そこまでして、先生に喜んでほしいなんて。
お嬢様、なんてお健気なのでしょう!
はっきり「先生がお好きなお菓子を用意して」と言わない辺り、お嬢様の恥じらいが伝わってくる。そう、お嬢様のお気持ちは、まだ誰にも打ち明けられていないのだろう。私だって、お嬢様の様子を見て分かっているだけで、ご本人から直接聞いたわけではない。
いつものわがままを発動させていないお嬢様。こんなにもお可愛らしいとは。
今だって、好物を頬張る先生のお姿を、満面の笑顔で見つめていらっしゃる。
こんなひとときが、ずっと続くものであったらいいのに…と、お嬢様のお幸せを願う私、エリー・ワッツは思うのだった。
翌日も、私はいつものように、厨房の手伝いから仕事をはじめた。
昨日、私はパティシエのセディに、余計なことを言ってしまった。今思えば、それは本当に的外れにして出しゃばりな言動で、恥ずかしくて彼の近くにも行けない。
なるべく厨房の隅で手伝いを終え、私は水差しを抱えて、アレクサンドラお嬢様の部屋へ向かった。
今日もマルセル先生の授業がある日だ。
お嬢様は今日も髪型を変え、ついでにお召し物も替え、先生を迎えた。
そしてお茶の時間になった。
私は、他の侍女が運んできたお茶とお菓子の載ったワゴンを受け取り、お嬢様と先生のテーブルまで押してゆく。ワゴン上でお茶を淹れ、カップをテーブルに置く。そしてお菓子の入った皿から蓋を外した…
今日もタルトが入っていた。サクランボの。と…
モモのタルトだ。サクランボとモモ、半数ずつの二色のタルトが、大きな皿の真ん中で交互に並び、ひとつの円を描いていたのだ。
私は驚いて動きを止めてしまった。
まさか、パティシエが2種類のタルトを作ったなんて。昨日はそんな素振りは全く見せなかったのに。…っていうか、私のあの考えは的外れで…
「今日のケーキも美味しそうですね」
マルセル先生の優しい声がした。
「本当ね」
お嬢様の弾んだ声も。
「モモのタルトがありますね。もうそんな季節でしたか」
「わがランドレード家の領地は温暖で、果物の旬も首都より早いの。先生、モモはお好き?」
「ええ。好きですよ」
「私も。今日は両方食べちゃおうかな」
「では私も両方頂いてもよいでしょうか?」
「もちろんよ。エリー、先生に両方差し上げて。…エリー?」
は、はい。「かしこまりました」
私は心の半分がついて来られない気分で、2種類のタルトを皿にとり、先生、それからお嬢様の前に置いた。
「おいしい」
お二人はご機嫌な様子で、タルトを頬張る。
よかった。の、かな。お嬢様の笑顔が眩しく感じる。
少し拍子抜けしたのは、どうしてだろう。
全部食べたい。