<うちのお嬢様はタルトの中身にもこだわる>その8
私エリー・ワッツは、アレクサンドラ・ユリア・ランドレードお嬢様のお屋敷で働きだして1年、お嬢様付きの侍女になって半年。
早いものだ。
その私が知る限り、お嬢様の初恋のお相手こそがこの方。
家庭教師をしていただいている、マルセル先生だ。
本業は数学者だが、この家の旦那様であるランドレード伯爵のお知り合いだということで、週4回の午前、お嬢様に数学や外国語、地理などを教えにいらっしゃる。
学者らしい、穏やかで知的な雰囲気の方だ。教え方も的確にして優しい。外見だってなかなか悪くない。
ただお歳がね。
詳しくは知らないけれど、たぶん旦那様と同じくらいなのだ。
このおふたりが楽しそうに授業をなさるさまは、親子のようで…頑張っても年の離れた親戚とかいるようで、とても恋人同士には見えない。
まあそんなものかもしれませんね。初恋というやつは。
マルセル先生は独身らしいけれど、ないだろうなあ。見目麗しいお嬢様といえど、まだ6歳だものなあ。
いや待て、30歳差くらいなら、ないこともないか。
お嬢様が20歳のとき、先生は50歳(推定)。そのくらいの歳の差夫婦なら、見聞きしたことがないこともない。
ありうるのかあ。
先生の方は、どうお考えなのだろう。
ランドレード伯爵家は、領地が豊かな上に、農業改革も常に進めていると聞く。経済的にはかなりゆとりがあるだろう、それはこの家を見てもわかる。品を保った贅沢とはこういうものか、という暮らし方を、私はここに来て、伯爵家の皆様を見て学んだ。
婿として来るにも、かなりいい条件だろう。先生が家庭教師をしているのは、学者だけでは稼げない、高い収入を得るためなのだろうから。
ただ、舅が同世代。
伯爵様ご夫妻からすれば、お婿さんが同世代。
これは双方きついかな?
でも、お嬢様が「どうしても」と駄々をこねたら、もしかしたらここの甘々両親は、お嬢様の言いなりになってしまう可能性は高い。
要は、お嬢様次第、ってことかも。
あれ、じゃあ先生の意思はどうなる。
先生がお婿に来たいのなら、できそうだ(私見)。
そうじゃない場合。あのお嬢様…わがままでそれが許されていて、自分のことが好きで結婚までしたいと仰るお嬢様…を振り切るのは、大変かもな。先生優しそうだし。
…などと私が考えているうちに、休憩の時間になった。
部屋の隅に控えていた私は、おふたりのお茶を用意する。
先生のお好きな銘柄のお茶と、今朝焼いたばかりのお菓子。香料を足していないそのお茶は、真っ直ぐで清廉な芳香を放ち、お菓子に含まれるバターや砂糖、果実の甘い香りと混じり、安らかなひとときを演出しながらもどこか心躍らせられる。
お菓子の中には、例の、サクランボのタルトもある。
まず、サクランボのタルトを召し上がるのは先生。あっという間に一切れ平らげ、次を所望なさる。私はすかさずおかわりを差し上げた。
そうか、そうだ。
だからお嬢様、サクランボのタルトがお気に入りなんだ。
ってこと。