<うちのお嬢様はタルトの中身にもこだわる>その7
ひとしきりサラとお喋りをしたのち、私はアレクサンドラお嬢様のお部屋を整えた。
シーツを替え、ベッドを整え、室内の掃除をするのだ。
そのうち、別の使用人が花を替えに来る。今日やって来たのは、女庭師のソネットさんだった。
彼女は私より10歳上の28歳、結婚していて小さな子供もいるけれど、ここのお屋敷の花については、誰より詳しい人だ。
ソネットさんは手際よく、テーブルの花瓶から昨日の花を抜き、水を替え、朝摘みたての花を活けた。今日は柔らかなクリームピンクのバラだった。
「エリー、これでいいかな?」
訊かれ、私は部屋をうろうろしながら、花のバランスを見る。
「うん。いいと思います」
言うと、彼女は破顔した。
「エリーはセンスがあるから、頼りになるよ」
そんな嬉しいことを言ってくれる。
こっちこそ、仕事が早くて正確、いつもきりっとした佇まいのソネットさんは、憧れの頼りになる先輩だ。
「今日の花は、お嬢様のお気に入りの木のひとつなんだよ」
「私…お嬢様のお好みがどんなものか、わからないんですよねえ」
「そう? あの方ははっきり仰るでしょう?」
「でも気まぐれで。昨日気に入っていたものを、今日は嫌いっていうのがしょっちゅうなんです」
「まあ確かに、意見を変えることは多いかな…?」
「みんな、お嬢様に振り回されています」
「そうみたいだね」
ソネットさんは苦笑して言った。「まあでも、お嬢様なりの理由があってのことだと思うよ」
お嬢様なりの理由…ねえ。
私にはよくわからないな。
掃除が済んで、一息ついた頃、朝食を終えたお嬢様が戻られた。
先程はほぼ無言だった鏡の前で、今度は。
「ねえエリー、今日の髪型は地味ではなくて?」
言いながら、鏡にくっつきそうなほど寄って覗き込む、お嬢様である。
「結い直しましょうか?」
私が言うと、お嬢様は頷いた。
ので、今度は、時間をかけて編み込み、最後にリボンを付けてみた。
いかがでしょう?
「うん。今度は華やかね」
言いながらも、お嬢様は鏡の前から離れない。
「…ねえ、これは凝り過ぎではないかしら? だって今日はお出掛けするわけでもないのに」
…ではどうしろと…?
「…まあいいわ」
お嬢様は固まる私を置いて、窓際へ駆け寄った。
今日は家庭教師の先生がいらっしゃる日である。
お嬢様のお部屋からは、屋敷に訪れる馬車が通るのを見ることができた。のちに顔を合わせる前に、ここで密かにお出迎えするのが、お嬢様の密やかな儀式になっていた。
先生の馬車がやって来ると、お嬢様の様子でそうとわかる。急に背筋を伸ばし、微かな歓声を上げると馬車の動きに視線を動かすから。ぴょんぴょんと跳ねることもある。
あ。
今、馬車がお通りになったようですね。
お嬢様専用の書斎、というものが、1階にある。
お使いになるのは、週に4回の、家庭教師がいらっしゃる日。
先生が見えられたと連絡を受け、私は、お嬢様に従って書斎にゆく。
扉をノックし、開け、お嬢様をお通しした。
中では『お嬢様の騎士様』がお待ちのはずだ。
お待ちかねのナイト様が、来た。