<うちのお嬢様はタルトの中身にもこだわる>その4
アレクサンドラお嬢様の部屋に続く、侍女室。
ここは、お嬢様のお世話をするための物を置く部屋であり、その準備をする部屋でもあり、私たち侍女が控えている部屋でもある。
まず私は、飲用にする水を、小さな水差しに移す。グラスも添えて。これは、お嬢様が、朝食前に飲み物を求められたとき、お出しするのだ。だからグラスは、お嬢様の手に持ちやすい小さなものを用意している。
残りの水は、身支度用のボウルに注ぐ。これで、洗顔やうがいをして頂く。時には体を拭くタオルを浸すのにも用いる。
ここの井戸は清潔な水が汲めて、羨ましい。お屋敷内の広大な森林が、地下の水をきれいにしてくれていると聞く。私の実家は街中にあり、川から引いた生活用水は、ここの水ほどきれいではない。うちをはじめ、庶民はそのまま使うけれど。でも飲んでみると、味の違いは歴然としている。
こんなきれいな水を、生まれた時からお使いになっているから、お嬢様もまたお美しいのかもしれない。
カートには、他にも、身支度のための品を積む。
それが済むと、お嬢様の起床時間まで、ここで待機するのだ。
侍女室には時計があるので。
さて。時間が来た。
私たちは、もうひとつの扉から、お嬢様のお部屋に入った。そこは居間。奥に、寝室と衣裳部屋とがある。
カーテンを全て開ける。今日もいい天気。
サラは居間をきれいに整える。私は奥の寝室に、カートを押してゆく。そして寝室のカーテンも開ける。
「アレクサンドラお嬢様。朝ですよ」
私は、大きなベッドの中で目を瞑る横顔に、声を掛けた。
反応はない。
一度で起きたためしなんて、ないからね。
それにしても、いつもながらお可愛らしい寝顔だ。
長い睫毛と髪は、朝日を浴びて輝く。頬は微かに桃色を帯び、ふっくらとした質感。微かに開いた唇は柔らかな桃色で、朝露を浴びた花のように瑞々(みずみず)しい。
「お嬢様。朝でございます」
私はもう一度、言った。
お嬢様は安らかな寝息を立てたまま。
こんな優しく起こしたって、起きる子供がいるのだろうか。
これが妹や弟だったら。
掛け布団をバッと取り払い、枕を取り上げ、大声で「起きなさーい!」…
たまに、お嬢様にもやってみたくなる。
やらないけれど。
「お嬢様。アレクサンドラお嬢様」
起きませんね。
ええ、起きません。
ここは、ランドレード家の侍女に伝わる伝統の技を繰り出すときですね。
毎日出してますけれどね。
私はそっと掛け布団を、少しだけ、どかした。
そして両手の指を曲げ、お嬢様の寝間着の上から這わせ…
こちょこちょこちょ。くすぐった。
お嬢様は体をもぞもぞと動かす。
さらにくすぐる。
お嬢様は「うーん」とかなんとか声をあげ、目を醒ます。
私はさっと手をどかし、さりげなく布団に乗せた。伝統の技は、お嬢様には秘密なのだ。
伝統の技が、今に生きる。