<うちのお嬢様はタルトの中身にもこだわる>その3
ドレス事件のことを思うと、タルトをサクランボだけにしてしまうのは危険な気がする。
気まぐれなアレクサンドラお嬢様の性格を考えて、別のタルトも用意すべきだ。
…まあ、タルト自体を嫌だと言い出したら、意味ないけれど。
でも。なんだか、『そろそろ』な予感がするのだ。タルトに飽きはじめた、ではなく、イチゴに飽きはじめた、そんな気が。
私、侍女のエリーはそう思い、セディさんに、その考えを告げることにした。
「そろそろお嬢様、この味に飽きてしまわれるのでは…?」
しかし、私の親ほどの歳のセディさんは一笑に付した。
「あれだけ喜んでお召し上がりになるんだ、心配はない」
「でもお嬢様のことです、念のために別な味のタルトもあった方がいいのでは」
「俺の作るタルトに文句があるのか?」
ひぃ。
「そういうことではなく…」
「ああ、お前が食いたいだけだろう。たくさん作って余れば、明日自分がありつけるからな」
その言葉に、聞いていた周りの料理人たちまで私を笑う。そんなつもり、全くないのに。
「パイもマドレーヌもあるんだし、大丈夫だろ」
「お嬢様は、どちらもあまり召し上がりません」
…気まぐれなお嬢様だけれど、それは、そばで見ている私はよく知っている。
「そんな訳あるか」
「本当です。奥様や、お客様などはよく召し上がりますが…」
「適当なことを言うな」
「適当じゃありません」
「考えすぎだよ」
「そうさ。どうせ、お嬢様は、気まぐれにわがままを言ってくるんだ、それに対応するなんて無理なんだよ」
「ほかのタルトがいいと仰ったら、その時作ればいいさ」
すぐ出せと泣きだしたら、どうするの。
もういい。
少し悲しい気持ちになって、私は厨房を出た。
お嬢様に怒鳴られたり泣かれたり、叩かれたりするのは、私たち侍女なのだ。
そんな仕事と言われれば、その通りだけれど。
でもできれば、お嬢様の求めるようにして差し上げたい。
クビになりたくないから、というのもある。あるけれど、それより、お嬢様が笑顔でいることが、私にとっても嬉しいことだからだ。
厨房から出ない、お嬢様と直に接することのない人たちに、何がわかるというのだ。
レーズン入りのパイなんて、騒がないだけで、一度も口にしたことなんかないんだからね。知ってる? 知らないでしょう!
…なんだか苛つく。
ううん。よくない。
気を取り直そう。そして私の主な仕事場に行くとしよう。
それは2階にある。
厨房で貰った水を抱え、私は裏階段を静かに上った。向かうのはお嬢様のお部屋…の、隣の侍女室。夜勤の侍女、サラと小声で挨拶を交わし、入室する。
レーズンって、子供には不人気ですよね…大人になったらなんてことないのに。