<うちのお嬢様はタルトの中身にもこだわる>その2
今日も厨房では、赤くて丸い果実のタルトが作られている。
領地の農場から送られてくる、新鮮なサクランボ。そのままでも充分美味しそうなのに、パティシエの手に掛かってタルトになった姿のまた魅力的なこと…!
こちらのひとり娘であられる、アレクサンドラ・ユリア・ランドレードお嬢様が、イチゴタルトに『ハマって』おしまいになり、毎日ご所望なのだ。
それについては、全く問題はない。
ご主人様のご要望に全力でお応えするのは、我々使用人の務めだ。
ただ…
お嬢様は、…気まぐれなのだ。
昨日と今日とで言うことが違う、なんて当たり前。
昨日まではイチゴタルトでよかったが、いつ、別のタルトがいいと言い出すかわからない。ご機嫌を損ねると、下手すればクビだ。
タルトひとつで大袈裟な話だが。事実だ。
たった6歳の子供のわがままで、私の知る限り、片手では数えきれない数の使用人がこの家を去っている。
…大袈裟に言っている訳ではない。
そういうことがあるのだ、このランドレード伯爵家では。
以前、お嬢様が、新しく誂えた赤いドレスを大変お気に召して、一時はほぼ毎日、袖をお通しになられていたことがあった。
確かに、お嬢様の白いお肌や金糸のような輝く髪に、あの赤いドレスはたいそうお似合いであった。まだ6歳ながら、どんなドレスも着こなすお嬢様ではあるが、特に、そのドレスを召したお嬢様は、たとえようもなくお美しかった。
私たち侍女も、そのドレスは特に、丁重に扱っていたものだ。
しかしある日突然、お召しにならなくなった。むしろお嫌いになられた、と言った方がいい。
その日は、朝からご機嫌を損ねていた。理由は忘れた。たぶん些細なこと。
元気になって頂こうと、侍女のひとりがあのドレスを出した。
だがお嬢様は、ひと目見るなり甲高い声で叫んだ。
「そんなもの着ないわ! 捨てて!」
私たちは驚き、慌てて別のドレスを用意した。
とはいえ、『捨てて』といわれても、また『出せ』と仰るかもしれない…
そう思った私たちは、その赤いドレスをしまっておいた。
ひと月ほど経った頃。
何処だったかのお茶会に、ご一家で招かれた際。お召しになる服を選んでいただくため、お嬢様の前に、数点のドレスを出したとき。ひとりが、例の赤いドレスを出した。
お嬢様は癇癪を起こして、その場にいた侍女たちを怒鳴りつけた。そして、あのドレスを出した侍女を、クビにしたのだ。
ご両親である、ランドレード伯爵夫妻は、それをお止めにならなかった。
なにせお二人はお嬢様に甘い。殆ど言いなりなのだ。
ひとり娘が可愛いのはわかるけどね。
特に、アレクサンドラお嬢様は、とても愛らしいお姿だけれど。
あんな見目麗しい娘がいたら、そりゃあ甘々にもなるでしょうけれど。
しかし。使用人からすれば、たまったものではない。
読んで頂きありがとうございました。