<うちのお嬢様はタルトの中身にもこだわる>その1
私、エリー・ワッツの起床は、夏至の近い今なら、夜明けの頃だ。
まずは自分の身支度。髪を梳いてひとつにまとめ、編んで丸め、ピンで押さえる。私の髪は真っ直ぐの黒髪で、扱いやすいのがありがたい。
次には衣服を変える。寝巻き代わりの私服から、こちらの制服である、紺色のワンピースと黒いソックスを身につける。今は初夏だから薄手のものだ。
それから、頭に布でできたヘッドドレスを被ってそれもピンで留め、白いエプロンを着る。最後に布のブーツを履いて、できあがり。
いつもながら、身の引き締まる服装である。
清楚で簡潔、動きやすくて機能も充分ながら、適度な緊張感をも感じさせ、これから始まる仕事へのモチベーションまでも引き出してくれる…ここ、ランドレード家の侍女の制服は、私にとって完璧な衣服である。
ほんと、お勤めするのがこの家でよかった。
この服を身につけられること、それにあの方をお世話できること、今の私には、ふたつも幸せなことがある。大変な仕事でもあるけれど、幸せ…
…おっと、浸りすぎてしまった。遅くなってしまう。
私は自室を出て、宿舎の出入口からお屋敷に向かう。出会う同僚たちとあいさつし、お喋りしながら通路を抜け、お屋敷の裏口から入る。
すぐにあるのは厨房だ。
火を起こしたばかりの厨房は、料理人たちがせわしく動き回ってはいるけれど、雰囲気にはまだ静けさが残る。私はこの雰囲気が嫌いではない。実家の厨房を思い出す。
私たち侍女はメインの仕事に就く前に、まずは朝、厨房の仕事を手伝う。
料理人たちに交ざって、野菜を洗ったり、皮を剥くことが多い。パンの生地をこねたり、卵を割ったりすることもある。みんなでお喋りしながら手を動かす。
あまり騒いでいると、料理長に怒られちゃうけれど…
厨房の手伝いが済むと、私は、大きな水差しに井戸から汲みたての水をもらう。私が飲むためでは、ない。
その頃には朝食の支度が進んでいて、厨房の中はいい匂いが漂っている。ひと仕事を終えて空腹の身には、少々きつい。
特に、あれ!
ランドレード家のお抱えパティシエ、セディさんが作る、お菓子!
マドレーヌもパイも、いい匂い!
…思わず興奮してしまった。いけないわ、私は侍女の身。あのお菓子たちは、ご主人様ご一家やお客様のお口に入るもの。私がそれを頂くなんて、もしも昨日の残り物があったら、そして運が良ければ、できること。ああ昨日は残ったかしら?
…じゃなくて。
あ、あれ。
今、まさに仕上げが行われているのが見えるあれは…タルト。
上に載せるフルーツは、種を除いて甘く煮た、サクランボらしい。
サクランボ、か。
今日で3日目だ。
読んで頂きありがとうございました。