1話 はじまり
…………………………
………………
(チュンチュン)
…………
……朝や。
……スズメもちゅんちゅん鳴いとる……。
学校へ行かなあかん朝。
今だいたい7時くらい。
起きなあかん。……わかってます。
でもしんどい。……わかるでしょ?
昨日はバンドの練習があって夜中になる手前でようやっと家へ帰って来ました。
ほんで遅いっておかんの怒声を華麗にスルーして、すぐ部屋に行って歌詞書いたんです。
どうしても書きたい言葉が浮かんできたんで。
気がついたのが3時くらいかな?そんくらいでこと切れるようにして、ベッドに倒れこんでました。
えっ?なんで遅く帰って来たのに歌詞なんか書いてたのかですか?
……
それは……
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どどどどどっと階段を上がってくる音がして、
そしてそのまま、「バーン!!!!」
「起きとるかぁ!!!!起きーー!!!」
当たり前のようにノックもせず全力で輩ってくる女。
ずかずかと部屋に入って来た。
……俺は起きん。死んでもな。
いや意地でも寝かしてもらう。
「起きてへんのかい!起きーー!!」
輩の女が布団の上から、ゆっさゆっさ俺の体を揺すってくる。
……俺は起きん。死んでもな。
意地でも寝かしてもらう。
「狸寝入りかいな。ほなええよ。
……あんたがそれでいいならな。」
輩女はそう言うと同時に、俺の机に向かって行く。
「えーなになに。
流れる日々のまにまに君の声を探してた……。
まにまにってなんや?」
俺の歌詞ノートを音読しだした輩。
「あー!!
お前もうほんまええって!!」
ベッドから飛び起きた俺は百華から歌詞ノートを奪い取った。
「ほんま毎日毎日いいかげんにせぇよ!」
「だってあんたが起きへんからやも~ん。」
こうやったら起きるって分かってた。みたいなしたり顔でこっちを見てくる。
朝から煩いこの女は夏川百華。
隣の家に住んでて、幼稚園入る前からずっと一緒にいる。
親同士も仲良くて、家の出入りはお互い何の気もなしにする。
だからこうやって毎朝起こしに来る。
ようは俺の幼馴染。
「やからって歌詞を読むやつがあるか!
お前はほんまプライベートって言葉しらんよな!」
そもそもノックしない時点でな。
「知ってるよプライベートやろ。
それよりもまにまにがわからん。
まにまにって何?」
百華は俺の昨日書いた歌詞の一部分を執拗に指さす。
「あぁ?
おまえそんなんも知らんのか?
まにまには……身を任せるみたいな意味や。」
まぁ確かに進学校でもない高校生が当たり前に知ってる言葉でもないかな。
歌詞書くために俺は小学生高学年くらいから広辞苑が友達だ。
「ほー、そんな意味なんや!!
ほんまあんた凄いなー!
色んな言葉知ってるし沢山歌詞書いてるし、情熱を感じるわ。」
「せやな、歌詞書くんはほんまに生き甲斐やねん。」
「どんな感じで書いてるん?」
百華は興味深々に聞いてくる。
「えー……せやなー、多分言うても分からんやろけど……
しいて言うなら夢中で書いてるよ。」
もやっとした俺の返答に不満なようで、
「夢中てどんな感じ?分からんで良いから言うて。」
「はぁ?
…………。
……猫を追っかけてる。」
そういうのが聞きたかったみたいで、目をキラキラさせながら、
「おぉ!!
猫!?
凄い!!
猫追っかけたら歌詞書けんの!?
いったいそれは何猫や!?」
「何猫ってw
イメージの話やで。
何猫と言うか……あっ、お前もう時間ヤバイぞ!」
指さした壁かけ時計は、すでに40分を回っていた。
「わーほんまや!!
急がな!!
急いで制服着て!!
パジャマ脱いで!ほらほら!!」
百華は俺の裾を持って上にあげようとしてくる。
「やめい!!!
すぐ着替えるから出てけ!!」
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こんな感じで俺らの毎日は始まるのです。
毎朝、毎朝、家に起こしに来て、この馬鹿騒ぎw
まぁ、これは正直嬉しいんですけどねw
幼馴染が起こしに来るって、男からしたらほんまに夢のシチュエーションじゃないですかw
この朝の件の後、パンを口にほおばりながら、二人で自転車を漕いで、我が平野高校へ向かいます。
……あっ、さっき途中やった歌詞の話ですが、冒頭も途切れたし、中途半端やったんで、説明します。
俺は歌詞を書くのが生き甲斐なんです。将来それで食って行けたらって。
バンドもやってます。それはまた後で出てくると思いますがw
やから、ほんまに毎日歌詞を書いてます。
そうすると、少しずつ書く時の慣れなのか、集中してる時の無意識なのか、何か分からないんですが、
筆がガァーっと進む時があるのです。
その時、俺の前には、一匹の猫が現れるんです。
もちろんイメージでほんまに出てくるわけちゃいますよw
黒猫なのかな?とにかく凄い綺麗です。やからきっと雌猫やと思います。
やけど、めちゃくちゃ特別な所があって……。
それはなんと、その猫が発光していることです!
ほんまに蛍光灯の切った瞬間か!っていうくらいぼぉっとした青白い光です。
でも真っ暗な中でも、どんなに広い空間でも必ず見つけられそうな存在感。
まさに妖艶と言っていいような綺麗な光です。
俺はその猫を追っかけて行くんです。
真っ暗で一本道しかない道をその猫はとめどなく歩いていきます。
やから俺も合わせてとめどなく歩いていきます。
歩いて歩いて、歩いて行くと、ふっとその猫は消えます。
そしたら、目が覚めたように気が付きます。
そして歌詞ノートを見ると、歌詞が書けてます。
そん時は凄く良い歌詞が書けて、達成感もやばいですw
やから今日はイケる!!って思った日はどんだけ夜遅くなってもついつい歌詞ノートに向かっちゃうんですよね。
その猫に会うために歌詞書いてるようなもんですねw
……まぁ、今言ったのは、あくまでもイメージの話で実在する猫の話ではないんですよ。
…………。
……そのはずだったんですが…………
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(話は戻って二人の登校中)
「俺たちの母校、平野高校は、
その名の通り、平野に作られた学校だ。
この一帯は学校を中心に半径5キロほど平野が続いている。
お祭りする神舎とか、デパートとか、流れるプールが人気の平野遊園地とか、駅までもずっと平地なので、
坂がなく自転車での移動が凄くはかどる。」
「あんた誰に言うてんねんw」
メタ発言はスルーして頂きたいのに、百華は突っ込んできた。
それはスルーさせてもらう。
自転車をシャカシャカと漕ぎながら、二人はしょうもない話をしつつ、学校を目指す。
蝉がじわじわと鳴いている。
坂がいっぱいあったら朝でも汗だくでドロドロになりそうな夏真っ盛りである。
「そういえば、この前先輩に告白できたんか?」
俺はおもむろに百華に聞く。
「え?
告白?」
百華は気まずそうな顔をしつつとぼけて返す。
「お前、野球部の練習試合見に行った時、告白するとかいうから、俺だけ先に帰った日あったやろ。」
「あー、そうやったかなぁ?」
百華のとぼけ顔。
……可愛い。
「お前が弁当で百華ちゃんスペシャルソースや言うて、普通のソースの付いた唐揚げ持って来た日や!」
「ケチャップじゃなくて?」
「ケチャップは最初に見に行った日や!
って、ケチャップて自分で言うてるやんけ!
何が百華ちゃんスペシャルソースやねん!」
「あー、あの日ねー……。
…………。
……。
あっ!
思い出した!!
私もその話、あんたにしようと思ってたんや!」
閃いた!!みたいな顔して百華が喋りだす。
「あの日、私、おべんと持って先輩とこ行ったんやけど、
そん時マネージャーさんもおべんと持って来てはって。
野球部にショートでちっちゃいリスみたいに可愛いマネージャーさんおるやんか。あの人。
ほんで、持ってきたおべんとを二人で食べてはってん。
ほんなら、そん時なんと!!!
マネージャーさんが先輩に『あーん』して、
先輩それを『あーん』ってしてパクっと食べはってんで!?!?!?」
その時全米に衝撃が走ったみたいな顔をする百華。
「『あーん』くらいするやろ仲良かったら。
お前もしてくるやん。」
「あんたは絶対嫌がって箸獲って自分で食べるやんかw
『あーん』をさせるって事は、先輩とマネージャーさんは付き合ってんねん。
つまりそう!!
私は失恋したのです!!!!」
両手を盛大に広げ空を見上げる謎のポーズ。
失恋した話をそんなダイナミックに、しかも笑いながら出来るのかw
「でも、話のオチはそこじゃないねん!!
あの日、私失恋して寂しく独りで、トボトボと帰っててんやん。
ほなら駅からちょっと行った辺りで、なんと!!!!
…………。
……。
電柱の裏から黒猫が、ぬぅーっと出て来てん!!」
またも全米に衝撃が走った!!みたいな顔をしてこっちを見てくる。
「黒猫なんてどこにでもおるわw」
「ちゃうねん、その黒猫、なんと……。
……青白く光っててん……。
…………。
……。
幽霊やー!!」
自転車に乗りながら、片手だけこっちにあげてブラーンと幽霊のポーズをしながら叫んだ百華。
「えっ……嘘やろ……?」
驚く俺。
「嘘ちゃうて!!
なんかスラーっとして、綺麗な黒猫やったわ。
でもオチはそこでも無くて!
そん時、びっくりして腰を抜かした私を優しく引き上げてくれた背の高い男がいて。
次の恋はその子やー!って話……。
……ん?どしたん?」
全米に衝撃が走ったみたいな顔をする俺を見て、不思議がる百華。
ここはまたかい!とか誰やねんその背の高い男!とか突っ込んでくるであろうと思っていたようだ。
「ほんまにそんな黒猫おったんか?」
俺は真顔で聞き返す。
「ほんまやって、びっくりしたわー!
幽霊てほんまにおるんやねー!
……なんなんあんたその猫にビビってんの?
幽霊怖いとか可愛いとこあるやんw」
茶化してくる百華。
「ちゃうわ!
……さっき部屋で言うてた猫にちょっと似てたってだけや。」
高校生にもなって幽霊怖いとかないやろ。
まさかあの猫が実在なんてするわけない。
俺の頭の中にだけいる猫だ。
「え!?
歌詞書く時の猫ちゃんも幽霊なん!!
ほんまに!?
私あんたの歌詞の猫ちゃんに会ったんや!!
凄い!!!」
嬉しそうな顔をする百華。
「やから、俺のはイメージの話やから実在するわけないねん!
お前が言う猫がイメージとそっくりやったからびっくりしただけ。
てか嘘やろ?作り話っぽかったし。」
話始めに『閃いた!』みたいな顔してたし。
「ほんまやって!!
幽霊にも会ったし、長身のイケメンにも会った!
この目を見てみ!」
自転車を近づけて、俺の目をじっと見てくる。
「危ないから前向け!」
ちょっと顔が赤くなる俺w
「まぁ、猫に関しては気のせいやろけど、ほんで新しい男に出会ったとか言うてたな……。
……またかい!!誰やねんその背の高い男!!」
「嘘ちゃうて!
猫もおったし長身のイケメンもおったもん!
ほんでイケメン君は、ほんまにかっこよかったわ。」
うっとりとした顔をしている百華。
そんな話をしながら気がつけば平野高校の校門が見えてきた。
1話終わり。




