悪役令嬢ひのこの創られた恋心(2)
前回のあらすじ:婚約破棄された。
家に帰っても、ひのこの熱はおさまらなかった。
敷地面積三千坪、
部屋が数百とある豪邸に住むひのこは、
自分のすべてを、
いや、自分の血筋が築きあげてきたものすべてを、
ブラックに捧げてもよいという気持ちになっていた。
机に向かい、数学の勉強をしようにも身が入らない。
「この胸の奥から湧き上がる気持ちは何なの?なんでこんなにも苦しいの?」
ひのこは胸に手を当てる。
パジャマの上からでも、
心臓の高鳴る鼓動ははっきりと感じられた。
多くの男を手なずけ、自分の言いなりにしてきた。
女友達だって、自分の背後にある血筋によって、ひれ伏してきたし、
あらゆる年代の男性だって、自分に美貌で虜にしてきた。
「胸が苦しい・・・胸が苦しい。かきむしりたくなるくらいに苦しい」
左右に顔を振ると、まだ湿り気のある髪が唇を濡らした。
恋がこんなにも苦しいことだとは知らなかった。
一度として、
こんなにも苦しい気持ちになったことはなかった。
ブラック様、ブラック様、ブラック様。
あなた様のためなら、
私は奴隷にでも、
犬にでも、
挙句、
肉便器にでもなんにでもなります。
親指を噛むと、ネイルが少しだけ剥がれた。
お昼に、ブラック様と会った時は、
これほどの気持ちではなかった。
だから、お金があるのに、お金を貸してと言えた。
あの時は、お金をもらうつもりで返す気すらなかった。
借りたお金は返さなくてよい、
自分に貢ぐのは当然だ、というのがひのこの当たり前だった。
なのに、
今はブラック様から受けとった万札が何よりも恋しい。
ブラック様の香りが染みついていると思うだけで、
とんでもなく愛しく感じられてしまうのだ。
「ああ、苦しい。胸が苦しい。心臓を取り出して、修理したいくらいに胸が苦しいよ」
ひのこは、窓から外をのぞむ。夜空には星が瞬いていた。
こ、これが恋・・・恋なのね」
ひのこは、両手で顔を覆う。
涙が流れていたことに気がついた。
この純粋な気持ちを利用し、
ひのこは多くの人たちを騙してきた。
なんて、酷い女だったのだろう、と今では思う。
彼らに、謝りたい。
謝って、謝って、尽くして、綺麗な体となり、
ブラック様に再び会いたかった。
自分を認めてほしかった。
そして、
婚約破棄したブラックを――見返し、
殺したかった。
ビルの屋上でブラックは、
ひのこの気持ちを感じ取っていた。
「中学時代、この俺をゴミとすら扱わなかった、圧倒的な存在だったひのこがこれほどまで簡単に落ちるとは」
ブラックは自らの能力の偉大さを改めて実感する。
「さあて、雌の傀儡は一人手に入った。次は何をしようか」
その時、テレパシーがあった。
男の声だった。
聞き覚えがある。
というか、ブラックがブラックたりえる
『能力創造』の力を引き出してくれた――父だった。
といっても、実の父親ではないが。
「なんか用かい?パパ」
「我が息子よ。我が息子よ。勇者が、勇者が目覚めたのだ。すぐに目的地におもむき、処分してほしい」
「勇者だって?ははは、そんなものは、いつの時代、どこでも生まれるものだろ。祭り上げられて、自分が勇者だと思い込み、バカみたいに旅をするのだから」
「だが、今度は本物の勇者かもしれないのだぞ」
臆病なご老人だ、とブラックは思った。
だが、父からはこの『能力創造』という絶対的な力を発現させてもらった経緯がある。
ブラックは、多少なりとも恩義を感じていた。
「はいはい、わかったよ。処分しに行きますよ」
座標は別次元の、ファンタジアだった。
剣と魔法の世界。
現在、統治しているのは魔王。
「さあ、それでは行こうか、ファンタジアに」
ブラックは『時空間転移』を行った。
次回予告:漆黒の翼、デッキブラシ、エビルマウンテン