それはそれは不思議なお話です(未知編)
前回のあらすじ:横綱とキス
それは、それは、不思議な体験でした。
ブラックは、ガルハイム王国領域内にあるとある森で、
一人の男性と出会いました。
雨降りしきる中、壊れた馬車から、
数十メートルほど離れた場所に、
その男性は倒れていました。
「す、すまない。追われているんだ。た、助けてくれないかい?」
苦しげな仕草を見せる男性に心打たれたブラックは、
森の外れにある洞窟に、その男性を連れて行きました。
「すまないね。追われていなんだ。このどしゃぶりじゃあ、どうしようもない。助けてくれてありがとう。君が来なければ、今頃僕は、凍え死んでいたかもしれない」
その男性は金髪碧眼で白い肌をしておりました。
泥に汚れた艶やかな絹の上服から覗く上半身は薄らと濡れており、
それを見たブラックはぞぞぞと震えました。
「ねえ、君は何という名前なんだい?」
「ブ、ブラックと申します」
ブラックは、真横に座るその男性に言いました。
「ブラック・・・いい名前だ」
たき火がパシリ、と爆ぜました。
「いえいえ、めっそうもありません。決して、自分の名前はそれほどよい名前ではありません」
「僕の名前は、レオン。レオン=ガルハイムというんだ」
ブラックが訊いてもいないのに、
その男性は自分の名前を名乗ります。
「レオン=ガルハイム。もしや、ガルハイム王国の王子様なのでは?」
「ああ、そうだよ。だけど、僕は第二王子なんだ」
ガルハイム王国は強大な軍事国家。
その第二王子が馬車で逃げていたとなると、
陰謀かそれとも政略か、とブラックは思いました。
「なぜ、逃げているのですか?」
「とある事情で、逃げざるを得なくなったんだ。これは、僕の資質によるもので、その資質をよく思わない家族が、僕をある枠に入れようとするから、僕はとうとう我慢できなくなって、飛び出してきたんだ」
「つまりは、政略に我慢できなくなったと・・・」
「ああ、そうだ」
「それならば、ブラックにも何かお手伝いすることが出来るかもしれません。喜んで、手伝わせていただきます」
「本当かい?」
レオンは、濃厚な香りを放つあの可憐な薔薇のような笑顔を浮かべます。
「はい、もちろんでございます」
「なら、もっとそばによっていいかい?」
「え?・・・」
ブラックが戸惑っていますと、
レオンがブラックに寄り添うように体をちかづけます。
レオンの雨に濡れた金髪が、
ブラックの頬へと落ち、
レオンの柔らかくも魅力的な胸板がブラックの唇を誘惑します。
「実をいうと、心配事があるんだ」
「な、何でございますか?」
レオンに覆いかぶさられたブラックは、震える声で訊き返します。
「執事のセバスチャンと、ガルハイム王国の外れにある『ビエル町』で落ちあう予定だったのだが、追っ手をちゃんとまけたのだろうかと・・・」
「ふ、不安なので、ございますね」
「ああ、そうだ」レオンはブラックの髪を撫でながら「父上も兄上も姉上も、親族皆、僕らの愛の形を認めてはくれなかった。そのせいで、胸が今にも張り裂けそうなんだ」
「・・・ブラックに何かできることはないでしょうか?」
「いいのかい?」
「ブラックは、とある街で、世界の暗黒面を見ました。その暗黒面を見たことで、あらゆることを乗り越えるだけのメンタルを手に入れたのです」
「ブラック・・・」
第二王子レオンは、ブラックを優しく抱きしめました。
それは、それは、とても不思議な体験でした。
新たな世界を見せてくれる体験でした。
これによって、ブラックは新たな力を手に入れました。
――ユニークスキル『両刀使い』――
次は、悪役令嬢編。