6.そして、僕の景子は消えてしまった
景子とは職場で知り合った。
その後は、お決まりのコースをたどり、結婚。
新婚旅行はハワイへ行った。
外から見れば、平凡で月並みだったかもしれないが、幸せだった。
待望の子供が出来て、二人で喜んだ。
その子が不治の病だと知って、悲しかったが、
それでも精いっぱい、父親の務めを果たしてきたつもりだ。
しかし、その子は、永遠に私たちの元を去ってしまった。
幼稚園にも通ってなかった、娘の葬式は、家族だけの静かなものだった。
それから、2週間が過ぎた。
朝起きて、一階に降りていくと、景子が放心したまま、リビングのソファに座っていた。
あの頃は、毎日そんな感じだった。
「景子。おい、景子。」
声をかけても、景子は焦点の定まらない目をしている。
肩を揺すってやると、やっとこちらを振り向く。
「おはよう、景子。」
「もう朝なのね。」
「そうだよ。僕と一緒に朝ごはん、食べるだろう?」
「いらない。」
「わかった。じゃあ、オレンジジュースでも飲む?」
「うん。」
あの頃、景子を見ていると、時々不安になった。
目の前にちゃんと存在しているはずの景子が、どこかへ行ってしまいそうな気がして。
でも、それはこちらの勝手な杞憂であった。
ゆっくりとではあったが、景子は確実に良い方向へ進んでいった。
―抜け殻のようだった景子に、魂が戻ってきた。
魂なんて信じていないが、本当にそう思ったのだ。
―ああ、景子が帰ってきた。僕の景子が。
景子が段々、以前のように笑うようになったと、祥子ちゃんが僕に言ってきた。
その時、祥子ちゃんの笑顔を久しぶりに見たことに気がついた。
顔には出さないけれど、祥子ちゃんも相当、心配していたのだろう。
根っから陽気な子が、必死の形相ばかりしていたことに気付かず、
彼女に頼ってばかりいたな、と少し申し訳なく思う。
こういう時、景子だけじゃなく、自分自身も、たくさんの人に支えられている事を実感する。
景子から声がかかる。
「二人とも、何をそこでしゃべってるの?ご飯が冷めちゃうわよ」
その声に、祥子ちゃんと顔を見合わせ、微笑を交わす。
「今、行くよ。」
そんな日常が日常として戻ってきたかのようなある日、
景子は、忽然と姿を消した。
財布も免許証もパスポートも、全て家にあった。
ただ、金魚だけが景子と一緒に消えていた。
警察は、当初、事件の可能性があるとしていたが、結局は家出と判断した。
景子は未だ、見つかっていない。